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猛走峠のブログ一覧

2012年12月29日 イイね!

【多くの何かの判断基盤】の変化と、必ずしも「愛が勝つ」とは限らない件について。【恣意】だから。

【多くの何かの判断基盤】の変化と、必ずしも「愛が勝つ」とは限らない件について。【恣意】だから。この記事は、やっぱり解らん。について書いています。


統計的に「全体的に、非常に危険」が「水爆と隕石(デカいヤツ)」ぐらいしか無いのなら、
「全体としては、安全」になんか意味があるんだろうか?
まあ、なんかはあるんだろうけど、そんなに全面に推すことなのか?
てかぶっちゃけそんな事みんな知ってないか?


確かに"ひとつ"の統計的真実だけど、それだけがあれば
他にも数多ある”何とか的真実”はどうでもよいのか?
統計的真実だけが唯一の真理で、他の”何とか的真実"は嘘っぱちかもしくは顧みるまでの価値は無いということか?


または
「全体としては、安全」がエラい何かの判断基盤になるから大事なのか?





例えば、大規模環境汚染事故(事件)が起こったとき、

「安全か?」「危険か?」に 主眼を置いて検討 すると、


「全体としては、安全」がエラい何かの判断基盤になってしまうから

大規模環境汚染事故(事件)が起こったとき、
「安全か?」「危険か?」に 主眼を置いて検討 することは、

「すべきでない」「やっちゃいけないこと」 と評しています。




でも「全体的に、非常に危険」が「水爆と隕石(デカいヤツ)」ぐらいしか無いのなら、
「全体としては、安全」を多くの何かの判断基盤に用いる事自体が間違ってないか?




「全体としては、安全」を多くの何かの判断基盤に用いる事につながるから、


例えば、大規模環境汚染事故(事件)が起こったとき、
「安全か?」「危険か?」に 主眼を置いて検討 することが、ダメなのです。

「全体的に、非常に危険」なんて、「水爆と隕石(デカいヤツ)」ぐらいしか無いから。







単なる建前になればそれでいいのか?

法的にダメって書いてないからいいのか?


↑現代では、
法的に ダメ って書いてあります!!



例えば、


「人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E3%81%AE%E5%81%A5%E5%BA%B7%E3%81%AB%E4%BF%82%E3%82%8B%E5%85%AC%E5%AE%B3%E7%8A%AF%E7%BD%AA%E3%81%AE%E5%87%A6%E7%BD%B0%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%B3%95%E5%BE%8B

1 工場又は事業場における事業活動に伴つて人の健康を害する物質(身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質を含む。以下同じ。)を

排出し、
公衆の生命又は身体に 危険を生じさせた者は、

3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処する。

2 前項の罪を犯し、よつて
人を死傷させた者は、7年以下の懲役又は500万円以下の罰金に処する。

と書いてあります。

「公衆の 全体に 危険を生じさせた者は、」などとは、どこにも書いてありません!!
現代では、法的に ダメ って書いてあります!!




また、

工場又は事業場における事業活動に伴つて人の健康を害する物質の排出があって、それで被害が発生した、という事象があった場合、
排出者は、それに応じた「責任」を取らなければならない。
刑事、民事、行政の「責任」を取らなければならない。

責任者は、
■刑事責任 を負わなくてはならない。

事業者は、
■民事責任 を負わなくてはならない。

責任者と事業者の資格(・免許)には、事故拡大防止義務や救護義務が課されているから、それが尽くされない場合には、免停や資格停止、はく奪という、
■ 行政責任 を負わねばならない。


「全体としては、安全」は、
現代では、 エラい何かの判断基盤には、 用いられていない のです。



しかし、
近代(19世紀)では、
「水銀中毒(水俣病)も、全体としては、安全である」なノリで、やってきましたね。
用いられてたでしょ。

イギリスの産業革命期とか。
排煙も、触媒無しで排出し放題。 有害物質も、垂れ流し放題。もちろん、街は真っ黒け。
公害病だって、出たでしょ。

でも、
マンチェスターが壊滅したのか?リヴァプールが壊滅したのか?
といえば、それは違うワケで。
一部の個体が、「発症」した。

19世紀(近代)なんて、
「水銀中毒(水俣病)も、全体としては、安全である」なノリで、やってきた。
「全体としては、安全」でやってきた。



でも、現代では、↑これは、
法的に ダメ って書いてあります。


現代では、
「全体としては、安全」は、多くの何かの判断基盤に 用いられていません!!



でも、

近代(19世紀)は、

「全体としては、安全」を、多くの何かの判断基盤に 用いていたでしょ。

前近代は
「全体としては、安全」を、
運命 と呼んで受け入れ、
また、社会全体としても、 運命 と呼んで、
多くの何かの判断基盤に 用いていたでしょ。


でも、
現代では、用いられていません。


  人は誰しも安全に健康的に生きる権利を持っているし、それを守るのは当然です。

という 信念? 思想? 信条? の下に、

言論がなされ、
思考が展開され、
法律が作られ、
操業がなされている、のですね。



現代では、
 人は誰しも安全に健康的に生きる権利を持っているし、それを守るのは当然
とされていますね。
それ↑が、判断基盤として用いられていますね。

これに異議を唱えるつもりもない。



但し、
「全体的に、非常に危険」が「水爆と隕石(デカいヤツ)」ぐらいしか無い
という
「(統計的)真実」が 当然、存在しているのです。



↑こういうのを、ちょこばさんの言葉で言わせると、

【統計は「ほぼ絶対」である】【法律は恣意である】となりますか。


【統計は「ほぼ絶対」である】
「(統計的)真実」
「全体的に、非常に危険」が「水爆と隕石(デカいヤツ)」ぐらいしか無い


【法律は恣意である】
現代では、
  人は誰しも安全に健康的に生きる権利を持っているし、それを守るのは当然です。
という 信念? 思想? 信条? の下に、
言論がなされ、
思考が展開され、
法律が作られ、
操業がなされている、のですね。




しかしながら、

例えば、大規模環境汚染事故(事件)が起こったとき、

「安全か?」「危険か?」に 主眼を置いて検討 すると、

統計的に「全体的に、非常に危険」が「水爆と隕石(デカいヤツ)」ぐらいしか無い

という 真実 が頭をもたげてきます。



【統計は「ほぼ絶対」】「(統計的)真実」なのです。
一方、
【法律は恣意】なのです。

この↑2つを、戦わせると、真実が勝ち、恣意は負けるでしょ。


  人は誰しも安全に健康的に生きる権利を持っているし、それを守るのは当然です。

       ↑これは、【人間の安全保障】とかいう考え方ですが、
それって、現代人なりの、愛情ですかね?

愛は勝つ♪ とかいう歌があった気がしますけど、
これが、愛だとするなら、愛は負けるでしょうね。
しょせんが、【恣意】だから。




人は誰しも安全に健康的に生きる権利を持っているし、それを守るのは当然です。


これ↑は、【恣意】なんです。
これ↑の下↓に、

言論がなされ、
  思考が展開され、
   法律が作られ、
      操業がなされているし、
エラい何かの判断基盤になっているけれども、

【恣意】なんです。





例えば、大規模環境汚染事故(事件)が起こったとき、

「安全か?」「危険か?」に 主眼を置いて検討 することは、

「やっちゃいけないこと」 なのではないか、ってことです。

(ここまで、同じような内容の繰り返し)



すると、
例えば、大規模環境汚染事故(事件)が起こったとき、

安全か? 危険か? という検討を回避しつつ、

防護措置はどうあるべきか、

何を執行するか?

どのような強度で実行するのか?




を判断するための実務指針が必要となる、



無い場合・未完成の場合、

出来るだけ具体的に、

問題となる脅威を洗い出していき、

それから如何にして防護するか、防護策を執行するか、

ということが大切となる ってことです。





例えば、
原子力では大事故が起きたとして、

取り敢えず、入り口として、

レベル7が、・・・

あ、言っちゃった。




この↑話のゆきつくところは・・・


ちょこばブログの・・・



■ゆーりっくさんのコメントにうなった私。
うん、本当に凄い!!!!!

>世界を変えた手紙――パスカル、フェルマーと〈確率〉の誕生
ですね、ギャンブルの運用による、未来予測という新しい概念に端を発した確率論から、統計学の系譜の、社会学への運用は、
アメリカンジョーク集の中の、一つにまとめを見る事が出来るように思います。

面接官が1たす1を訪ねると、
1)数学者の答えは、きっかり2
2)統計学者の答えは、誤差の許す範囲内でおおよそ2

3)会計士の答えは、
面接官をカーテンの裏に連れ出し、
で、いくつにしたいんです?



な話に近い性質なのか・・・どうか・・・^^;
Posted at 2012/12/29 05:29:21 | コメント(1) | トラックバック(1) | 反即だ! | 日記
2012年12月28日 イイね!

いわゆる、【人間の安全保障】論 ←「思想・信条(心情?)」ではあるけど、「真実」ではない模様。

いわゆる、【人間の安全保障】論 ←「思想・信条(心情?)」ではあるけど、「真実」ではない模様。「人類最後の日の空。

あー、あと少しであそこに行けるのね〜。

早く隕石落ちてこねーかな。

はよ死なせろよ、神。







どい様m(_ _)m

画像と文章を頂戴しまして、誠に誠に
ありがとうございますm(_ _)m


ま、でもですねぇ~~
隕石のレベルだと、

隕石が、
どい様の家に落ちるとか、

例えば、
どい様の家の前の、道とか塀とかガレージに激突とか・・・、あ、いや、失礼。


とにかく、
比較的、近くに落ちないと、

もうすぐ あそこ には 逝けない  と思うんですわ。

隕石が、
地球の反対側のマヤの遺跡あたりに落ちちゃうと、

塵が地球を覆って―――、

農業が壊滅し―――、

かつてないほどの冬、
かつてないほどの食糧難が延々続き―――

―――滅亡まで、今しばらくの時間を要した、


どい様も、
ワタシも、
爆死じゃなくて、
餓死になった可能性が高い、と思うんですわ(苦笑)。




ラーメン星・・・じゃなかった、

 ラーメタル星
 
(↑直径は地球の9倍。109404km)

がキュボーンって衝突して、

地球が バカっ♪ って割れちゃうくらいでないと、


ただちに は、

あそこへ は 逝けない
と思うんですわ。




ま、それでも、

人類全体として、滅亡の危機となる、

全体として、危険

であることは変わりない、

ですわな(苦笑)。








いろいろ考えると―――ですねぇ―――



「全体として、安全とは言えない事例」

「全体的に、非常に危険な事例」 というのは、



水爆  と  巨大隕石  くらいしかない。
 ようです(苦笑)。



■水俣病も 統計学的には安全

■イタイイタイ病も 統計学的には安全

■煤煙による喘息等も、 統計学的には安全

■自動車は事故を起こしてしばしば死に至らしめる。
でも、「全体としては 安全」

街中で、半端ない暴走運転をする暴走族が、多数いる国でさえ、
全体としては、充分、安全

■小学校で、銃を乱射してたくさんの人が死んでも
全体から見たら、安全。

■地下鉄サリン事件も。(書き加えた)

■関東大震災も。

■東日本大震災も。

■戦争だって

■原爆だって
広島型や長崎型くらいまでは・・・




「全体として、安全とは言えない事例」

「全体的に、非常に危険な事例」 というのは、



水爆  と  巨大隕石  くらいしかない ようなのです。
 





これが、(統計の)真実 であるようなのですね。







**********




つまり、 


「真実」としては、

「全体的に、非常に危険な事象」 というのは


水爆  と  巨大隕石  くらいしか、存在しないようである、と。






↑でも、
この  「真実」 が、社会的に受け入れられるのか?
   といえば、


今現在、それ は ダメ でしょ?


倫理的に受け入れ可能なのか?

 ダメ でしょ?





現在、
法的に、そういうことでやっているのか?



違う でしょ?




被害者や被災者に、
「大丈夫。あなたは運が悪かっただけだ。全体としては、安全だから」って言えるってことでしょうか。

とても言えませんよね。






以下の記事は、

「人は数字では無い。」
■水俣病も 統計学的には安全
■イタイイタイ病も 統計学的には安全
■煤煙による喘息等も、 統計学的には安全
■自動車は事故を起こしてしばしば死に至らしめる。
でも、「全体としては 安全」

街中で、半端ない暴走運転をする暴走族が、多数いる国でさえ、
全体としては、充分、安全

■小学校で、銃を乱射してたくさんの人が死んでも
全体から見たら、安全。
■地下鉄サリン事件も。(書き加えた)
■関東大震災も。
■東日本大震災も。
■戦争だって
■原爆だって
広島型や長崎型くらいまでは・・・

(↑に関して、)たしかに事実の「ひとつの側面」として間違ってはいないと思います。

しかし、実際の被害や被災の対策を講ずる場合に「全体としては、安全」にどれ程の意味があるのでしょうか。


母数を全体にすると確かに被害は少なく「見えます」。
しかし、実際に何かしらの措置が必要なのは被害や被災にあった側なのだから、
母数=被害(被災)としなければ意味が無いです。
だって本当に何が必要かを知っているのは被害者や被災者だけなのだから。


人は誰しも安全に健康的に生きる権利を持っているし、それを守るのは当然です。

人は法を守る為に生きているのではなく、
人が生きる為に法が必要なのです。


国民は国の資源では無いし、人は単なる社会の資源ではありません。
まして人の本質は数字などでは決して無いです。


今回の震災でも沢山の人が死にました。
そしてこれからも何年、何十年もかけてまだ増えます。
それも全体から見ればほんの僅かな数でしょう。
だけど

そんなふうに被害を見る事になんの意味があるのか

自分には解りません。
数億の中のたった一人でも、その人にとってはそれが全てです。
だって死んでしまったらもう何も出来ないのですから。
自分の人生を守る事も、大切な人を守る事も。
 について書いています。








被害者や被災者に、
「大丈夫。あなたは運が悪かっただけだ。全体としては、安全だから」

って言えるってことでしょうか?


⇒ 現代では、言えませんよね。




昔は・・・前近代は・・・、
そうやって考えてきた――― と思うのです(妄想。)

被害や被災を、「運命」として受け入れてきた と思うのです(妄想。)


昔の人は、

その犠牲者の当人となったとき

運命 としてこれを受け入れ、

また、社会全体としても、 運命 として、そのことを許容していた、と思うのです(妄想)。

ダテに、
「運が悪かった」という言葉があるワケではないんですよね(妄想的な考察)。



でも、現代では、違うのです。







近代でも

19世紀なんて、
「水銀中毒(水俣病)も、全体としては、安全である」
 なノリで、やってきたでしょ^^;


イギリスの産業革命期とか、

排煙も、触媒無しで排出し放題。

有害物質も、垂れ流し放題。

もちろん、街は真っ黒け。

公害病だって、出たでしょ。


でも、

マンチェスターが壊滅したのか?
リヴァプールが壊滅したのか?

といえば、それは違うワケで。
一部の個体が、「発症」したワケですね。


近代でも、
「全体としては、安全」でやってきた

 と言って、概ね 間違いない でしょうね。



だって、

「真実」としては、

「全体的に、非常に危険な事象」 というのは


水爆  と  巨大隕石  くらいしか、存在しない
 んですからね。







じゃあ、
現代で、↑これが通るか?
 って話なんですけどね。

この 真実 とやらが。通るのか?



有害物質も、垂れ流し放題 ←犯罪指定されてますね。

排煙も、触媒無しで排出し放題 ←車両規則等によって禁止されてますね。

公害病だって、出たでしょ ←傷害の発生だ! 不法行為だ! 排出者は犯罪者だ!





でも、↑これは、「ごく、一部の事象」です。

「全体としては、安全」なんです。


「真実」としては、

「全体的に、非常に危険な事象」 というのは


水爆  と  巨大隕石  くらいしか、存在しない んですから。






「全体としては、安全」にも関わらず、

危険認定し、

規制だ、処罰だ、

防護だ、救済だ、賠償だ、


としている
ワケですね。

現代では。






「全体としては、安全」 にも関わらず、


  人は誰しも安全に健康的に生きる権利を持っているし、それを守るのは当然です。


という 



信念? 思想? 信条? の下に、


言論がなされ、
思考が展開され、
法律が作られ、
操業がなされている、らしい
のですね。


勿論、自分も、こう↓思っていますよ。



人は誰しも安全に健康的に生きる権利を持っているし、それを守るのは当然です。と。



勿論、自分も、↑こう思っていますよ。もちろん。

ちなみに、この、一般的な考え方は、

「人間の安全保障」 とかいったような名称・概念だと思います。


日本も、
アメリカも、
イギリスも、
フランスも、
ドイツも、
中国は・・・ビミョーか^^;法律上は、まあ、違いますな。
中国人の思考とか操業形式は・・・アレみたいだけど^^;





取り敢えず、

20世紀後半期以降、

現代では、


人は誰しも安全に健康的に生きる権利を持っているし、それを守るのは当然です。

とか、


「「その、悲惨な1人を出さないために!」という思想」


の下に、

言論がなされ、
思考が展開され、
法律が作られ、
操業がなされている、らしいと、いうことです。





勿論、自分も、そう思っていますよ。信じてますよ。

「人間の安全保障」の考え方の、「信者」なんでしょうね^^;








しかし、ワタシは・・・


自分が採用している説・信じている説は、


どういう条件において、倒れるか?


ということを考えるのも、けっこう好き なんですね。










人は誰しも安全に健康的に生きる権利を持っているし、それを守るのは当然

「「その、悲惨な1人を出さないために!」という思想」


「人間の安全保障」の考え方





これが、どういう条件で倒れるか?





「全体的に、非常に危険な事象」 というのは


水爆  と  巨大隕石  くらいしか、存在しない 


という 真実が、

首をもたげた とき 
(頭をもたげた)



倒れる のです。


統計学や自然科学の数値を出されると、
それはどうも、敗れ去る、ようなのです。

「全体としては、安全」 という答えが出るのです。





水爆  と  巨大隕石  以外は、

「全体としては、安全」 という答えが出る(笑)ようなのです。






だから、私は、



現代法の下での世界に於いて、

例えば、大規模環境汚染事故(事件)が起こった場合、





「防護手段はどう採るか?」という  「手段」のみを検討すべき、であり・・・





「安全か?」「危険か?」という議論は、

現代法の立場では、 「やっちゃいけないこと」だったかもしれない。





と書いてきたのです^^;





統計学や自然科学の数値を出されると、
それはどうも、敗れ去る、ようなのです。

「全体としては、安全」 という答えが出る、






「全体的に、非常に危険な事象」 というのは


水爆  と  巨大隕石  くらいしか、存在してない ようだ、


という 真実が、

ヌッ と 頭をもたげてくるから
  です。








20世紀後半期以降、

現代では、



  人は誰しも安全に健康的に生きる権利を持っている

と、考えられています ね。



  それを守るのは当然です


と、考えられています ね。

私も、そう考えていますよ。



でもそれは

 そのように、 考えられている

 そのように、 思っている


という思想・信条(心情)である、ようなのです。


つまり、「科学的真実」とか、「真実」ではないようなのです。



だから、

例えば、大規模環境汚染事故(事件)が起こった場合、など・・・


「防護手段はどう採るか?」という  「手段」のみを検討すべき、であり・・・

(繰り返し。)



**********


追加: ↑ここまで語ると、トラバ元の、こぺてりあ さんには、題意が伝わりまくった^^; と思うのです。









例えば、

大規模環境汚染事故(事件)が起こった場合、など・・・


「防護手段はどう採るか?」という  「手段」のみを検討(すべき)

⇒即決:実際の被害や被災の対策を講ずる場合



私(猛走峠)が言っていること。

「すべきでない」「やっちゃいけないこと」と評していること。




例えば、

大規模環境汚染事故(事件)が起こった場合、など・・・




「安全か?」「危険か?」に主眼を置いて検討



「危険」: ⇒■実際の被害や被災の対策を講ずる場合

「安全」: ⇒■実際の被害や被災の対策を講じなくてよい場合


必ずと言ってよいほど、「安全」の答えが出る。
謀略とか、隠蔽とか、そんなんじゃなくて、


ホントにホントに、
「全体的に、非常に危険な事象」 というのは
水爆  と  巨大隕石  くらいしか、    地球上に、存在してない   から。


という 真実が、ヌッ と 頭をもたげてくる。



「安全」: ⇒■実際の被害や被災の対策を講じなくてよい場合







「人は数字では無い。」

実際の被害や被災の対策を講ずる場合に


「全体としては、安全」にどれ程の

意味があるのでしょうか。



実際の被害や被災の対策を講じなくてよい

 という答えを導く

 効果 があると思いますね。




実際の被害や被災の対策を講ずる講じなくてよい場合








これは↓20世紀後半期になって、共通化した【人間の安全保障の考え方】です。

母数を全体にすると確かに被害は少なく「見えます」。
しかし、実際に何かしらの措置が必要なのは被害や被災にあった側なのだから、
母数=被害(被災)としなければ意味が無いです。
だって本当に何が必要かを知っているのは被害者や被災者だけなのだから。




人は誰しも安全に健康的に生きる権利を持っているし、それを守るのは当然です。



【人間の安全保障の考え方】↑ですね。





人は法を守る為に生きているのではなく、
人が生きる為に法が必要なのです。


国民は国の資源では無いし、人は単なる社会の資源ではありません。
まして人の本質は数字などでは決して無いです。


今回の震災でも沢山の人が死にました。
そしてこれからも何年、何十年もかけてまだ増えます。
それも全体から見ればほんの僅かな数でしょう。
だけど

そんなふうに被害を見る事になんの意味があるのか

自分には解りません。





↑20世紀後半期になって、共通化した【人間の安全保障の考え方】(現在の、常識?か)

を基礎にして考えているから

わからない のです。




数億の中のたった一人でも、その人にとってはそれが全てです。
だって死んでしまったらもう何も出来ないのですから。
自分の人生を守る事も、大切な人を守る事も。
 



ま、↑このへんの考え方だの、スローガンだのは、


そう遠くないうちに、国連あたりで表現され始めるでしょうね^^;

「人間の安全保障」とかと同じようなカンジで・・・

そうだな・・・

「他人の子供でも、 自分の子供と同等に考えた 防護政策を」とか、そういう趣旨かと思います。




**********



私の論述を、こぺてりあさんの文章も使って、まとめると・・・


例えば、

大規模環境汚染事故(事件)が起こった場合、など・・・


「安全か?」「危険か?」に主眼を置いて検討



「危険」: ⇒■実際の被害や被災の対策を講ずる場合

「安全」: ⇒■実際の被害や被災の対策を講じなくてよい場合


必ずと言ってよいほど、「安全」の答えが出る。

ホントにホントに、
「全体的に、非常に危険な事象」 というのは
水爆  と  巨大隕石  くらいしか、    地球上に、存在してない
   から。


 真実↑ 


「安全」or「危険」の検討の結果:

「安全」: ⇒■実際の被害や被災の対策を講じなくてよい場合








「人は数字では無い。」

たしかに事実の「ひとつの側面」として間違ってはいないと思います。



そりゃ――、

「全体的に、非常に危険な事象」 というのは
水爆  と  巨大隕石  くらいしか、    地球上に、存在してない

という、真実? があるでしょうからね。





しかし、実際の被害や被災の対策を講じなくてよい場合講ずる場合に「全体としては、安全」にどれ程の意味があるのでしょうか。


母数を全体にすると確かに被害は少なく「見えます」。
しかし、実際に何かしらの措置が必要なのは被害や被災にあった側なのだから、
母数=被害(被災)としなければ意味が無いです。
だって本当に何が必要かを知っているのは被害者や被災者だけなのだから。


人は誰しも安全に健康的に生きる権利を持っているし、それを守るのは当然です。

人は法を守る為に生きているのではなく、
人が生きる為に法が必要なのです。


国民は国の資源では無いし、人は単なる社会の資源ではありません。
まして人の本質は数字などでは決して無いです。


今回の震災でも沢山の人が死にました。
そしてこれからも何年、何十年もかけてまだ増えます。
それも全体から見ればほんの僅かな数でしょう。
だけど

そんなふうに被害を見る事になんの意味があるのか

自分には解りません。
数億の中のたった一人でも、その人にとってはそれが全てです。
だって死んでしまったらもう何も出来ないのですから。
自分の人生を守る事も、大切な人を守る事も。








これが、


大規模環境汚染事故(事件)が起こった場合、など・・・


「安全か?」「危険か?」に主眼を置いて検討

することの、

「効果」だと思います。


だから、ワタシは、

(かくいうワタシが、
「人は誰しも安全に健康的に生きる権利を持っているし、それを守るのは当然」という、
【人間の安全保障の考え方】に立脚しているから)

「すべきでない」「やっちゃいけないこと」と評しています。





カッコよく言うと?(カッコつけてる場合ではない)

『真実』は、『思想・信条(心情)』を破ってしまう  から。
Posted at 2012/12/28 04:31:33 | コメント(2) | トラックバック(0) | 反即だ! | 日記
2012年12月26日 イイね!

現代において、「危険認定」されている事象の大半が、「全体としては、安全」。

現代において、「危険認定」されている事象の大半が、「全体としては、安全」。先日、

現代法の下での世界に於いて、
例えば、大規模環境汚染事故(事件)が起こった場合、
「安全か?」「危険か?」という議論は、
現代法の立場では、 「やっちゃいけないこと」だったかもしれない。



@原子力事故など環境汚染事故

統計学的にはラッキー博士の勝ち!!

核廃棄物も捨て放題!!

産業革命期のやり方で、「安全」!!

⇒産廃捨て放題天国でOK




@暴走系運転と交通?事故

サウジアラビアは「安全」!!

統計学的にはサウジドリフトも「安全」!!

⇒ドリ天でOK


という話になるから。



と書きましたけど、

誤解しないでほしいのは、

武田先生を非難したいワケでもないし、
副島先生を非難しているワケでもないです。








この記事は、


■あのさ、3月18日ハイパーレスキューが
命がけで水をかけた。

3/15-21にかけてはものすごく濃い
放射性プルームが出た。

でもその本体は、群馬とか福島の一部は汚したけど

それでもほんの少しで済んだ。

*************************************
■ホントに神風が吹いたから^^;
まあ吹かなかった日もあるんだけど、大体吹いた・・・

猛走峠さんが引っ張ってきた副島先生の写真↓じゃないけど
日本は一応、救われた、訳。

相撲でいえばはたき込みでもうっちゃりでもいいけど
とりあえず勝った
について書いています。





あ!
くれぐれも言っておきますけど、副島先生を非難したいわけじゃないです。






■例えば水俣病。
体の中の水銀の濃度が上がってゆく。
では、全員が水俣病を発症したのか?!
⇒しなかったのです。
「条件」に合致した、ごく一部の個体が、「発症」したのです。

水俣病も、水俣市が壊滅した訳じゃありません。
(このへんは、判例みたことある方、多数いるかと思いますが、
「認定」されていたのは、数十人、数百人(+数匹)のレベルでした)





■例えばチェルノブイリ@ナロジチ。

体の中のセシウム等、核物質の濃度が上がってゆく。
では、全員が疾病を発症したのか?!

⇒しなかったのです。

「条件」に合致した、ごく一部の個体が、「発症」したのです。

ナロジチ地区が壊滅した訳じゃありません。




「@福一事故
3/15-21にかけてはものすごく濃い
放射性プルームが出た。」

とはいうものの、


@チェルノブイリ事故では、↑これとは比較にならんほどの、
特濃ブルームが超広域に流れて、
小児甲状腺ガンも出まくりましたわ。


でも・・・こういう↓言い方してた人、いましたわ。



1万人に1人w

この数字、よーく覚えといてちょうだいねwww


これ↑みたとき、
ワタシゃ、たまげた(笑)。

だってね、私が仕入れてた情報と同じのを出してきて、

ゼンッゼン違う 「目の使い方?」 「頭の使い方?」 をご披露下さったのだから――――



そのときゃ―――
ビックリというのか――――
カルチャーショックを受けた―――というのか―――(笑)




追記:↑猛走峠は、1桁、記憶違いをしています!!(爆)

正しくはこちら↓(爆笑)



発症率は、汚染地区が多いゴメリ州全体で、子ども約1000人に1人。

>子ども約1000人に1人。
>子ども約1000人に1人。
>子ども約1000人に1人。

はい!確率は覚えましたか~?!w





ま、それでも、

全体のうち、999人は大丈夫だもんな^^


追記、以上。






でも、そうなんだ(笑)。
ある意味、目からウロコ
ってのかな(笑)
価値観の幅を広く採れば、「それも、アリ」なんですワ。






ってか、 「真実?」 なんですワ。






ビックリ―――とか――――
カルチャーショックを受けた―――とか

言ってる私が、

(世界の、主要国共通の―――)

 現代法の考え方 に、 洗脳されてる? んだわ。





実は、

現代において、
「危険だ!」と言われている事象の大半が、


「全体としては 安全」 なんです(笑)。





■水俣病

■イタイイタイ病

■四日市ぜんそく

■チェルノブイリ事故

こういうの、↑みーんなそう^^




全体としては、安全。




ま、それでも、
「その、悲惨な1人を出さないために!」とかいう思想の下に、
防護策・対応策を打っていく、というのが、

現代法の考え方であるらしい・・・


ま、↑このへんの考え方だの、スローガンだのは、


そう遠くないうちに、国連あたりで表現され始めるでしょうね^^;

「人間の安全保障」とかと同じようなカンジで・・・

そうだな・・・

「他人の子供でも、 自分の子供と同等に考えた 防護政策を」とか、そういう趣旨かと思います。

この↑部分は、

■でも、家族じゃない人にこんなせりふしか言えない^^;

私の子の面倒・・・お断りです^^;
確率は?・・・死なないって
もしそうなったら・・・そうなってから考えたら?

悪いけど家族じゃないし、・・・


が頭の中に浮かびつつ、書いています^^; m(_ _)m


取り敢えず、

現代において、

「危険だ!」と言われている、

「危険だ!」とされている事象の大半が、

「全体としては、安全」なんです。


*************************************




例えば 私が比較的しょっちゅう例に出す、

「サウジドリフト」。


ま、つまり、交通事故ですけど・・・

ああいうのも、同じ。






世界の交通事故

人身事故発生件数(人口10万人当たり)ワースト3は、

サウジアラビアの1,305件、

日本745件、

アメリカ626件と、
自動車交通の普及している国で占められている。




ほら。

ワースト1のサウジだって(何気に、次は日本かよ^^;)、


人口10万人あたり、1305件だってよ^^




だから、

 全体としては、安全  なんです。


暴走運転が多かろうが―――

サウジドリフトやりまくりだろうが―――


全体としては安全。


事故数が、今までの倍になっても、

全体としては安全。


全体としては安全――――ということなら、


もっと サウジドリフトやり放題、

ドリフト天国(←雑誌の名前ではない)でもイイくらい。





これ↑も――――



現代において、

「危険だ!」と言われている、

「危険だ!」とされている事象の大半が、



「全体としては、安全」の事例のうちのひとつ。








そりゃ―――ね、


統計的優位 として、表れてますよ^^; ええ。あらわれてますとも。



人口10万人当たりの人身事故件数、

日本は 745件、

サウジアラビアは 1,305件、



あらわれてますよ。そりゃー。

だから、
「相対的に言って、サウジアラビアは、日本より、危ない国」ですよ。

そりゃそうでしょ。

サウジドリフトやりまくる人ら、けっこういるんだから。









でも、


人口10万人当たりの人身事故件数、

 745件 と 1,305件

という違いでしかない、




母数の側に目を転ずれば、

「全体としては、安全」なんです。




免許だ、車検だ、強制保険だ、なんてことも到底要らないんです。

ドリ天でOKなんです。

母数の側に目を転ずれば、

「全体としては、安全」なんだから。





でも、サウジアラビアがドリ天か?って言ったら、

これまた違うんですね。


「現代法の考え方」かって言ったら、そこはどうかわかりませんが―――

仕組みは、現代法のしくみまで取り入れました。

「免許証の点数制度」なんてモンまで、導入しました。



まあ、もともとサウジドリフトは、むち打ちの刑だったんですけどね。


ほら、アレですわ。

事故(等)の法理の、
■刑事
■民事
■行政


ってヤツの、


もともと、むち打ちの刑 ←■刑事(罰)

「免許証の点数制度」なんてモンまで、導入 ←■行政(処分)


これですわ。




*************************************




「全体としては、安全」(だから、良い)―――――

の考え方は、サウジアラビア↑でも―――

まあ―――取り敢えずは、採用されていない―――

ようなので――――



「現在では、あまり見慣れない」

「あまり見慣れない考え方」 だと思うんですけどね^^;




繰り返しになりますが、

実は、

現代において、
「危険だ!」と言われている事象の大半が、


「全体としては 安全」 なのであり、






■水俣病

■イタイイタイ病

■四日市ぜんそく

■チェルノブイリ事故


はたまた、

■交通事故・事件 @サウジドリフト



こういうの、↑みーんなそう^^


「全体としては、安全」。






ただし、↑これは、


「現在では、あまり見慣れない」

「あまり見慣れない考え方」 だと思うし、


まあ・・・ひょっとすると、

「禁句」で、

口に出さないだけ、だったのかもしれないんですけどね^^;

だって、産業革命期のイギリス(近代)とかなんて、絶対、
「全体としては、安全^^」の考え方でやってたろ(笑)みたいな。



取り敢えず、

現代法では、母数(全体)というのは、置いておいて、

子数(被害数)の方を、極小に、抑え込むようにする、

というのが、


どうも、 考え方の基礎 としてあるだろう
 ってことです。




**********

↑ココんとこの「思想基盤?」・・・・
↑まあ、
これ、宗教みたいなもんですよ^^;


それをあまり意識せずに、

純粋に(笑)

統計でもって真実を開けていくと、

ほぼ、間違いなく、全体としての安全性が立証される^^;



そもそも・・・^^;
実は、

現代において、
「危険だ!」と言われている事象の大半について・・・、




例えば、原子力大事故ったとき、



「安全か安全じゃないか」
=「安全か危険か」
ということを主眼として検討すると、

必ずと言ってよいほど、

「全体としては 安全」 という答えが出る。


≒「安全」という答えが出る 、らしい・・・と。

当然、チェルノブイリ事故、も・・・ね。
そ。チェルノブイリ事故も、「全体としては、安全」。



どうやら、これ↑が、

「真実」

「自然科学的真実」

のようである・・・と^^;






**********


で・・・






副島先生は、それ、

武田先生との「ケンカ対談」のときには、

わかってた んじゃないかってことです。


あ、いや、

福一事故のときは、既に、かな?

説明できる とか、

書き記せる とか、

頭でわかってた とか、そういうことじゃないです。


まあ、それをにおわせるようなセリフは、あったような気はするけれど、

このブログが書いてるみたいな、

わかりやすい(わかりにくいか(苦笑))記述とかじゃないです。




なんか、副島先生は、


そこんトコ、


体でわかってた っぽいんですよね―――(笑)
Posted at 2012/12/26 02:04:45 | コメント(4) | トラックバック(3) | 反即だ! | 日記
2012年12月25日 イイね!

「ロブスター論」「ブーメラン率」、 そして、「自然の恵みを頂く」ということ@深刻な環境汚染事故(・事件)

この記事は、

年末までの過ごし方
・水をたくさん飲み、普段より食を減らし、十分な休憩と睡眠をとること。
・自然の中で静かな時間をとること。
・対立的な人たちとの関わりを避けること。
・論争に巻き込まれないこと。
・あらゆる転生の目的は自己の発見
(by mackenmov)


早川地図に見る汚染の比較と、ロブスター論
(by ちょこば)

について書いています。



あ! くれぐれも勘違いしないで欲しいのは、
mackenさんと
対立しようとしているワケでもないし、
論争を挑もうとしているワケじゃないですから! (苦笑)


あと、
「前提?」としての「ロブスター論」ってのは・・・(笑)






きっかけ? になった記事が、↓コレね^^; mackenさんが「対立的な人たち」と評しておられる方々、な気がしますが(苦笑)



以前、原発から数十キロという土地に御住まいの方から『福島の海は死んだ』という貴重な御意見がありました。
「海が死ぬ」というのが『どういう状況なのか?』は個々人で定義が変わってくるでしょうけど、明らかに「海が死んだ」と言われるのならば、その定義を明確にしなければ議論になりません。

なので、おそらく『その方』の仰る「海が死んだ」という意味を、過去の事例から「心配いらないレベルです」と証明し、安心させてあげようと思いますw


さて、過去の事例とは?ww


あまり有名ではないのですが、1945年前後にアメリカが原爆の実験で発生した『高濃度放射性廃棄物』を、処理業者に委託した件が事の発端。
しかし、その廃棄処理方法ってのが「海洋投棄」(今ならこの時点で大問題だろうw)なんだが、
遠洋にまで行って投棄するのはコストが掛かる。
という事で、この業者は「どうせバレないべww」とボストンの近海にコッソリと投棄したワケですw
しかも、浮かんでこない様に銃でドラム缶に穴をボコボコ開けて捨てたんですとさwww

今なら「市民団体()w」の皆様が黙っていない程、ずさんな投棄方法だったワケですが、
そのボストン近海に投棄された「高濃度放射性廃棄物」の入った「穴ぼこだらけのドラム缶」を住み家にしてしまったのがボストン名物の『ロブスター君』なんだww

その後も「そんな事」は何も知らないボストンっ子たちはロブスターに舌鼓を打ち続けたワケw
その物ズバリ「放射性廃棄物」を根城にしてたロブスターなwww

しかし、その後ボストン周辺で異常な健康被害の発生も無ければ、癌の発生率が異常に増えたとか、そういう報告は無かったらしいのです。w


そして、今現在もボストンっ子にソレ由来で健康被害が有ったという報告はゼロwww
何故なんだろうねー(棒)www




↑これに関して、

問:
何故なんだろうねー(棒)www


(今になって、)
答えよう(笑)。

とか私が、始めて、「ロブスター論」とかいう流れになっております(笑)。



⇒ フツーに考えて、 「その答え」は、 2パターン ある。

ま、正確には パッと列挙できるだけでも、ってカンジですか。







答 パターン1:

食生活全体としては、ほとんど摂取していない から




こちら↑が、

現在の法律の基盤となっている考え方であり、

「ロブスター論」の根源ですか。




*********************

あ!

答 パターン2:
放射能は無害だから を読みたい人は、

https://minkara.carview.co.jp/userid/607203/blog/28660254/
2012年12月20日
■バンドルセールは処理コストを引き下げる・注解 をみてね^^;

これは、今日も割愛ね! (笑)



*********************



答 パターン1:

食生活全体としては、ほとんど摂取していない から


に戻します。





食生活全体としては、ほとんど摂取していない(いなかった) から

⇒被害報告が出ていない


逆に、



食生活全体としての摂取が、半端ない


⇒被害報告が出てしまう



という単純な話です。


これが、「ロブスター論」の根本にあるワケですが・・・



これ・・・非常―――に、特殊な言葉づかいですが・・・

ココの読者諸兄には・・・こっちの方が、わかりやすいんじゃないかなぁ―――



 「ブーメラン率」(笑)




ヒトが、

近海に、例えば、
核廃棄物を投棄したとする


それが、

ヒトの食卓にブーメランのように帰ってきて、
人体が汚染を受ける割合 ってのか^^





*********************




要するに、ボストン(アメリカ)の「その事例」では、

ブーメラン率 低かった と思うんですわ(笑)。






:ボストンっ子たちが『ロブスター君』に舌鼓を打ち続けた頻度は?w

⇒舌鼓を打つ、くらいだから、週に1回くらい?



 ロブ君以外からの汚染摂取はどの程度? www

⇒皆無


 具体的な体内蓄積量は? ww

⇒セシウム基準で100㏃程度・・・か? しかも、臓器の特定部位に溜まってると仮定しても・・・



⇒食生活全体としては、ほとんど摂取していない、


= ブーメラン率 が低かった

⇒ その後ボストン周辺で異常な健康被害の発生も無ければ、
癌の発生率が異常に増えたとか、
そういう報告は無かったらしいのです。w





*********************

逆に、

ブーメラン率 が高かった場合 はどうなる?







:『ロブスター君』を食べ続けた頻度は?w

⇒(ダシも含めると、)毎日毎食


 具体的な体内蓄積量は? ww

⇒毎食分 




 ロブ君以外からの汚染摂取はどの程度? www



■スープのダシに含まれる 海藻類、魚の骨、煮込んだ蟹の殻・・・

■リゾットを煮るのにも↑このダシが使われる・・・

■ムール貝、帆立貝、牡蠣のステーキなどなど貝類


■魚のムニエル

■カルパッチョ(刺身)

・・・あ、食生活全般じゃん ^^;

=食生活全体としての、摂取・蓄積量がばかにならん>< 場合

=ブーメラン率が超高い場合


⇒「いわゆる水俣病状態」になる><



*********************


@海産物 では、

アメリカとか欧米では、 海からのブーメラン率 は低かったと思いますわ。


日本とかイタリア(ナポリなど)は、 ブーメラン率 高かった ハズなんですわ。

(だから、水俣病みたいなことも起こったしね)

⇒だから、海洋投棄が条約と法によって、禁止された

ってことがあるでしょうね。




*********************




ブーメラン率 って、

まあ、

これは、


「ヒトが、

近海に、例えば、
核廃棄物を投棄したとする


それが、

ヒトの食卓にブーメランのように帰ってきて、
人体が汚染を受ける割合 」


って、「故意(犯)」の場合の、 特殊な用法 ですが・・・^^;


(しかも、投棄した当人たちは、知ってますから^^; 当人たちのブーメラン率は低い場合が多い)






でも、


環境汚染一般について、言えるワケです。



ブーメラン率 って、それ、

自然の恵みを頂くこと
 に左右されますから。








自然の恵み、

海の恵みを頂く割合が多い場合、


深刻な海洋汚染が起こった

⇒水俣病など











自然の恵み、

大地の恵み(牧場(まきば))を頂く割合が多い場合、


深刻な、大地の汚染が起こった

⇒チェルノブイリ事故の、 ナロジチ地区 など










*********************



要するに・・・


穀物は、極めて、管理の効いた状態で育てる、

肉類は、↑この穀物で育てた、鶏舎育ちのニワトリ、

野菜は、ハウス栽培、



・・・こういう↑状態が、

深刻な環境汚染事件・事故のとき、

最も、「良い」
のですね。





逆に、

自然の恵みを頂く場合・・・、


@海
■スープのダシに含まれる 海藻類、魚の骨、煮込んだ蟹の殻・・・

■リゾットを煮るのにも↑このダシが使われる・・・

■ムール貝、帆立貝、牡蠣のステーキなどなど貝類


■魚のムニエル

■カルパッチョ(刺身)

・・・・


@陸

■山菜を頂く^^

■スープ(←裏山から取ってきたキノコ入り)

■裏山からの落ち葉で腐葉土つくって生産、

■そこらへんの牧草を食べた牛さんの牛乳を飲む

・・・・







深刻な環境汚染事件・事故のとき、

そこが汚染域となった 場合、


これが、もっとも、深刻な状況に至る、のです。




*********************



でも…日本人の特性として?・・・

あ・・・いや・・・世界中みんなおんなじか? ^^;




大規模環境汚染事故(・事件)が起こると、

自然が一番 ^^/


というような言葉が湧いてくる、のですね。


少なくとも、ワタシには、そう感じるワケです。




でも、その・・・、



自然が一番 ^^/

自然の恵みを頂く 





というのは、

そこ が、環境汚染事件・事故の当該地であった場合には、

危険性を著しく高める、のですね。




別に、mackenさんと
対立しようとしているワケでもないし、
論争を挑もうとしているワケじゃないんですけどね^^; (苦笑)





でも、

  ・自然の中で 

という語句を見ると―――



大規模環境汚染事故(・事件)が起こると、

自然が一番 ^^/


というような言葉が湧いてくるなぁ――――(汗)


とか、思っちゃったりするのです^^;

ワタシがマイナス思考だからか(苦笑)
Posted at 2012/12/25 05:55:53 | コメント(0) | トラックバック(0) | 反即だ! | 日記
2012年12月24日 イイね!

【けっこう単純な話】たいていの事象は、「統計学的にはラッキー博士の勝ち」・・・だけど、それ⇒産廃捨て放題天国でOK、⇒ドリ天OKになる。

【けっこう単純な話】たいていの事象は、「統計学的にはラッキー博士の勝ち」・・・だけど、それ⇒産廃捨て放題天国でOK、⇒ドリ天OKになる。この記事は、【ややこしくなるかな】統計学的にはラッキー博士の勝ち・・・だけどについて書いています。

現代法の下での世界に於いて、
例えば、大規模環境汚染事故(事件)が起こった場合、
←「安全か?」「危険か?」という議論は、

現代法の立場では、 「やっちゃいけないこと」だったかもしれない。




@原子力事故など環境汚染事故

統計学的にはラッキー博士の勝ち!!

核廃棄物も捨て放題!!

産業革命期のやり方で、「安全」!!

⇒産廃捨て放題天国でOK




@暴走系運転と交通?事故

サウジアラビアは「安全」!!

統計学的にはサウジドリフトも「安全」!!

⇒ドリ天でOK


という話になるから。




詳しくは、今日の記事で書いていきます。


※別に、反武田ではないです。

※トラバ元のちょこば説では、
【ややこしくなるかな】と言ってますけど、
比較的、単純な話です。



**********



■水俣病も、水俣市が壊滅した訳じゃありません。
だって水俣の魚食べなけりゃ大丈夫で
チッソに勤めてた人が水俣病でバタバタ死んだって
話聞かないでしょ




ちょこばさんが、微妙に私の悪い影響を受けている気がする・・・



ワタシは決まって、こう↓言う。


例えば水俣病。
体の中の水銀の濃度が上がってゆく。
では、全員が水俣病を発症したのか?!


イタイイタイ病。
体の中のカドミウムの濃度が上がってゆく。
では、全員がイタイイタイ病を発症したのか?!

四日市ぜんそく
PMなどを毎日吸い込む。
では、全員がぜんそくを発症したのか?!


結局、

ダメなヤツはダメ。

大丈夫なヤツは大丈夫。

核汚染だってそうだ。


************


ワタシは決まって、こう↑言い捨てる。


自分の身体の反応?からすると、明らかに ダメな側 に属する個体のようだし、


自分の意見も、 そういう考え方 とは正反対 なんですけどね。



でも、敢えて、吐き捨てる んです。




何故か?



世の中の事故等の(特に、公害系)事象のほとんどが、「そういう特性」を示すから。









例えば水俣病。
体の中の水銀の濃度が上がってゆく。
では、全員が水俣病を発症したのか?!

⇒しないのです。

「条件」に合致した、ごく一部の個体が、「発症」するのです。

水俣病も、水俣市が壊滅した訳じゃありません。





例えばイタイイタイ病。
体の中のカドミウムの濃度が上がってゆく。
では、全員がイタイイタイ病を発症したのか?!

⇒しないのです。




例えば四日市ぜんそく
PMなどを毎日吸い込む。呼吸器にはPMが蓄積してゆく。
では、全員がぜんそくを発症したのか?!

⇒しないのです。四日市が壊滅したワケじゃありません。






例えばチェルノブイリ@ナロジチ。

体の中のセシウム等、核物質の濃度が上がってゆく。
では、全員が疾病を発症したのか?!

⇒しないのです。


「条件」に合致した、ごく一部の個体が、「発症」するのです。

ナロジチ地区が壊滅した訳じゃありません。


「統計学的にはラッキー博士の勝ち」・・・
なのです。








↑世の中の事故等の(特に、公害系)事象のほとんどが、
↑「こういう特性」を示す
のです。






これ↑は すなわち、

「全体としての安全性」 を実証してしまったことになるのではないか?


ということです。





水俣病

イタイイタイ病

四日市ぜんそく

チェルノブイリ事故

などなど・・・・




現代において・・・

公害病、大規模環境汚染事故(・事件)といったような・・・

「危険だ!」と言われている大半の事象について、

「全体としての安全」 を実証してしまったことになるではないか!!
と。






これは、ちょこばさんのセリフ。




「安全か安全じゃないか」を主眼にしたせいで
多分放射性物質安全衛生の考えは
大きく後退します








そう^^



実は、

現代において、
「危険だ!」と言われている事象の大半について、



「安全か安全じゃないか」
=「安全か危険か」
ということを主眼として検討すると、


「全体としては 安全」 という答えが出る。


≒「安全」という答えが出るのです。









↑これに

「悪乗り」すれば、


 近代の、イギリスの産業革命期の状態 で、OK なんです(笑)


排ガスだって、触媒無しでガンガンブチ撒けばよいし、


核廃棄物だって 捨て放題 でよろしい。





これ でも、 全体としては 安全 なんです(笑)






だから、

現代法の立場では、



大規模環境汚染事故(事件)が起こった、とする、

そしたら、

「防護手段はどう採るか?」という「手段」のみを検討すべき
、であり・・・






「(その事故、事件の結果が、)
安全か、危険か」については・・・、
   それ↑は・・・
「踏み込んではいけない、価値観論争」
なんだろうな・・・(汗)と。



 そこ に踏み込むと、

「全体としては、安全」
≒「安全」

という答えが出て、



水俣病

イタイイタイ病

四日市ぜんそく

チェルノブイリ事故

などなど・・・全て、

「全体としては、安全」
≒「安全」


という答えが出る。


現代において、
「危険だ!」と言われている
事象の大半について、

「安全だ」となる





その、「真実?」に「悪乗り」すれば、



近代の、イギリスの産業革命期の状態 に押し戻すことも、不可能ではないのです。


排ガスだって、触媒無しでガンガンブチ撒けばよいし、
有害物質だって、捨て放題。


↑それでも、

全体としては、「安全」。



(産業革命期@イギリスくらいの、)
近代のレヴェルに、

逆戻り^^

 


だから、

現代法の下での世界に於いて、

例えば、大規模環境汚染事故(事件)が起こった場合、

「安全か?」「危険か?」という議論は、

現代法の立場では、 

「やっちゃいけないこと」 だったかもしれない



ってことです。







**********






これは、けっこう一般的なお話でして・・・いろんなことが、


これに当てはまるかと思います。






例えば 私が比較的しょっちゅう例に出す、

「サウジドリフト」。



ワタシは・・・

サウジアラビアの自動車事情は・・・危ない、

サウジアラビアは、危ない国、

だと思っています。



でも、
「全体として、サウジアラビアは安全」なんです。

交通事情としても、「サウジアラビアは安全な国」です。




世界の交通事故

人身事故発生件数(人口10万人当たり)ワースト3は、

サウジアラビアの1,305件、

日本745件、

アメリカ626件
と、
自動車交通の普及している国で占められている。





ほら。

ワースト1のサウジだって(何気に、次は日本かよ^^;)、


人口10万人あたり、1305件だってよ^^




だから、

 全体としては、安全  なんです。


もっと サウジドリフトやり放題、

ドリフト天国
(←雑誌の名前ではない)でもイイくらい でしょ。



免許だ、車検だ、強制保険だ、なんてことも到底要らないし、

サウジドリフトだって、別に大丈夫。

サウジアラビアは安全な国!!

なのです^^;



現代法の立場では、

「(その事故、事件の結果が、)
安全か、危険か」については・・・、
   それ↑は・・・
「踏み込んではいけない、価値観論争」
 なんだろうな・・・(汗)とね。





そこに踏み込むと、


「全体としては、安全」

≒「安全」

という答えが出て、

サウジドリフトやり放題でも構わない・大丈夫・実は全体としては問題ない、

免許だ、車検だ、強制保険だ、なんて・・・

現代法の制度の存在意義が、ことごとく否定されてゆきます。


ま、「真実?」に「悪乗り」すれば、ね^^


Posted at 2012/12/24 03:06:32 | コメント(0) | トラックバック(0) | 反即だ! | 日記

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何シテル?   09/26 04:50
今を、近未来を、速く!上手く!美しく!走りたい。どこの歴史上の、どこの伝説の誰よりも。 「数の世界」を愛する者のひとりとして、いつの日にか「私」が「最速」の象...
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