この記事は、
長寿国日本のウソについて書いています。
https://minkara.carview.co.jp/userid/607203/blog/19078787/
にて、
「・・・即身仏であられるのなら、もっとリスペクトすべきであろう。」とか、
「「宗現上人の舎利殿は、JR北千住駅から北に約800メートルの住宅街にある」と言え!!」とか、
「「1980年頃に入定し」!!」とか、
「この調子では、
宗現上人のミイラを、火葬にしてしまいそうな調子である。」とか、
「宗現上人は、
仏法を原則として否定する近代法によって、即身仏が禁じられた現代世界であるにも関わらず、
仏海上人(明治36年(1903年)入定)以来の即身仏であられる可能性が高い。
それを、我々、一般社会の感性は、理解できていない可能性がある」、
こういうことを言って、そのままになっているので、補足しておく必要性がありましょう。
(まあ、このブログをずーっとお読みになっておられる「常連」な方々には、改めて書かなくても、伝わってるとおもいますけど汗)
まあ、一般的には、
「超長寿の高齢者とされていた方々が、ただの行方不明だった。
こんなニュースが次々でているのに、
このブログは、
宗現上人だの、
即身仏だの、
ふざけている!」
という指摘を受けるでしょう。
この、
ふざけている!
まちがっている!
単に社会が崩壊しているだけなのに、解脱とか、即身仏とか、まちがった捉え方だ!
とこのブログを評価なさることでしょう。
しかし・・・間違ってません!
いいんですよ(「社会崩壊」「共同体崩壊」が良いと言っているわけではありません!単なる事実分析の話です!)。
その見方で。
何故なら、
宗教性・解脱性⇔世俗性・社会性
という関係にあるので、
「社会の連帯性が失われてきて、共同体が崩壊している」
という局面では、
⇔
の関係にある、
宗教性・解脱性
がひときわ目立ってくる、そういうこともあるわけでしょう。
しかし、無論、社会的に言って・・・ヤバいです。
だから、端的に書くと、
「日本の現在の社会は、共同体性・社会性が崩壊してきている。
そのため、社会性・共同体性と反対の軸に位置する、宗教性・解脱性が、ある局面では発生する場合がある」
ということ。
そう、関連する項目は、
https://minkara.carview.co.jp/userid/607203/blog/18794272/
「走ることは、究極の信仰」なので、「バイクで暴走する」というときこそが、ある種、自らの魂と向き合う究極の信仰を追究できるときであって、
「教会へ通う」ということそのものが、
ある種、社会性・世俗性を有している、
つまり、
「教会へ通うということそれ自体に、社会性・世俗性が生じてしまうので、究極の信仰の姿からは離れてしまう」と言わざるを得ない。
(ただ、「バイクで暴走する」というのが、どの程度の「熱心さ」で行っていたかどうか、バイクの方々の「走り追究」は、クルマでのそれよりもピンキリなので、一概には言えない)
あえて、「問題のある表現」を用いるなら、
「おそらく、この人は、教会に通っていたときより、バイクで走っていたときの方が、信仰人の姿をしていたはずだ」と。
コレ。
宗教性⇔社会性
という関係にあるのが、一般的だ、と。
あと、
実のところ、今、私が、思っているところがある。
「(日本の)現在の社会は、共同体性・社会性が崩壊してきている。
そのため、社会性・共同体性と反対の軸に位置する、宗教性・解脱性が、ある局面では発生する場合がある」
↑コレ、「お経」に書いてあるんじゃないのか?
申し訳ないのですが、
私は、お経に詳しくないので、何とも言えないんですが、
「世俗性・社会性⇔解脱性・宗教性」
についてのことがらは、書いてあるんじゃないかな?
と。
(ここから下は、「忘れずに書いておく」備忘録的なものなんで、今日言いたいのは、ここから上だけです。また後で、詳しく書くかもしれません)
それと、私の今考えていることに関して、
もっといえば、
「中華人民共和国みたいなもの・・・仏敵、この発生周期とか、様態についても、書いてあるんじゃないかな・・・」ということ。
https://minkara.carview.co.jp/userid/607203/blog/18783775/
「仏敵」の「概念」は何だ?
それは中華人民共和国だ。
それは、世界的に言って、異論はなかろう。
仏敵とは何だ?それは中華人民共和国だ。
「あの、中華人民共和国こそ、仏敵なんですよ!
あいつらは、仏教徒を、ずーーーーーーっと、大虐殺しているんですよ?!
信仰の自由なんてないんですよ!
独裁体制!
中国共産党の意に反すると、バンバン殺されるんですよ!
チベットでなんてヒドいでしょー。
おらーーーー、お前らゲダツしてるんだってなー ニヤリ。
じゃあ、空飛んでみろやー!
空中浮遊しろやー!
って言って、仏教徒を、ガケから突き落としたりしたんですよ?!
このまま中国政府と仲良くしていても、あいつらの道具にされるだけですよ!
中華人民共和国こそ、まさに地上に現出した、仏敵です!」
俺は、人民共和国を潰すための共闘を訴えた。
「世俗性・社会性⇔解脱性・宗教性」
についてのことがらは、書いてあるんじゃないかな?
「中華人民共和国みたいなもの・・・仏敵、この発生周期とか、様態についても、書いてあるんじゃないかな・・・」
ということから、
「既に書いてある・・・」、
「とっくの昔、ずーーーーーーーーーーーーーっと昔から」、
ということに関して、思っているところがある。
私は、何となく感じているけれど、
どこまで、「それ」を共感できるか、不明だけれども、
「峠を走ること」が、「極めて伝統的な習俗の類」と、「極めて近い印象がある」と感じているのは、私だけだろうか?
Posted at 2010/08/11 04:27:24 | |
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