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猛走峠のブログ一覧

2012年01月25日 イイね!

驚愕の現象。「AとBは考え方は全く異なる。ところが、現実の政策として導出されるものが、全く同じである」

(前回の記事の続き)
ここで改めて問われるべきは、
「残留汚染についての真摯な思考」である。
※但し、そんな「泥沼の議論?」が決着するのは、ウン十年かかる場合が多いので、
「取り敢えず、袋に詰めろや」説↓を説くのが、ちょこばさんや、私なのですが※

とにかく今の状況だと、
この↓広域汚染は、「無責任放置(知りませ――――ん^^;)」とされるようである。


(ここ以下、今回の記事)
これは、
「人体に影響する、しない」(=今の世代の、我々に関して)
という問題を、もはや越えていて、
「子孫に対して、どういう国土を残すか?」
というところまで、話は逝っている。
そのことに気づいている・思いを巡らせている者は、どれほどいるだろうか?

現在の常識では、↓この汚染をそのままにすることが、良いことであるとは全く言えない。


それこそ、
「核汚染無害論」とか、
「こんなの大したことない^^論」とかもある。
だけれど、
それでいいんだろうか?

仮に・・・ですよ?
「核汚染無害論」とか、
「こんなの大したことない^^論」とか、
仮に、
それがホント・「科学的真実ッ!!」だったとして、
(ちがうと思うけど)
その「真実ッ!!」?とやらに則っていくことは、
それ「大博打」であることに違いないのだが、それはどれほどの人間が認識しているだろうか?

その「真実」とやらに則った「大博打」に、この国の国土を曝す気になれる、という神経自体に、私には到底賛成できん。
ホントに。



だが、残念なことに、
「核汚染無害論」
に近似するものを説く人々がかなりいて・・・。

それで・・・結局のところ、
そういう考えがどういう方向性・政策の正当化になっているか?

といえば、
「痛みを分かち合う」とかいう、民主党政権?が考え出した?「新しい放射能哲学」。

・・・ホントに奇妙なのが、
「核汚染無害論」
に近似するものを説く人々の多くが、
「民主党政府」を批判的な言葉で評する傾向が強いのだが、
今回の事故への対応方針(←もはや、通常の方向性とは逆、ともいうべき)には、
「賛成?」
としか思えないような内容となっている、ということ。

本当に忌憚なき言い方をするなら、
何で、この人らは、語り出しは反政府的な言い方で始めるのに、
少し話を続けると、
「それって、政府の「汚染物質ツーツーイケイケ政策」の擁護だよね?」
な状況になっていってる、
ということ。


これは・・・あんまり言いたくないけれども、
ときどき私は・・・、
副島先生のこと、「占い師として結果オーライ」と評するけれども、
・・・こういう言い方はなんなんだけれども、
今の状況での「占い師としての勝ち馬???」は、
「「汚染物質ツーツーイケイケ政策」の擁護者」
「「核汚染無害論」に近似するものを説く人々」
であると思いますよ。

だって、
政府方針がやろうとしていること(常識から考えると、真逆の措置が多いのだが)を、擁護・強烈支持しているようなモンなんだもん。
口では、
民主党政府が~~怒
政府が~~怒
とか、
政府に対して恨み言・不満・不支持を表明しているのだけれども、
実施政策内容・方向性に関しては、政府を支持しまくってるじゃないか、
政府の方針を追従・賛美しているだけじゃないか~~~!!
とか。
私には、そう見える。

だから、「占い師として結果オーライ」とかいう、変なイヤミ??? 賛辞???をすることになるワケです(何で、↑こんな現象が発生するのか、それは以下に記します)。

だから、あえて、
「「汚染物質ツーツーイケイケ政策」の擁護者」
「「核汚染無害論」に近似するものを説く人々」
に対して、何か言うことがあるとするなら、

「あ―、よかったですね。政府は、あなたらの言う通りの方針で進むようですよ。
但し、
今までの放射能汚染(核物質による汚染)に対する対処法の常道とは、真逆の措置ばかりだけれども」

ということですかね。

まあ・・・「核物質による汚染」ってのは、
あくまで物質的な事象だから、思想信条や政府に賛成の反対の、というのは、一義的には関係ないでしょう。
それと、

「「汚染物質ツーツーイケイケ政策」の擁護者」
「「核汚染無害論」に近似するものを説く人々」

と、

「政府(など)」

の考え方が、
実は「違う」というのも、実はわかってる。



A.
「核汚染無害論」とか、
「こんなの大したことない^^論」とか、
の考え方は、読んで字の如く。
「それが科学的真実ッ!!」と信じている、とみてよいのでしょう。
(その「真実ッ!!」?とやらに則っていくことは、「大博打」にはなるけどね^^;)


一方、


B.
政府「政府(など)」
の考え方は、
「痛みを分かち合う」とかいう、「新しい放射能哲学」。



似てるけど、違う。
A.とB.では、考え方・事実認識は全く違う。


A.はその言う通り、「大したことない」「核汚染は無害」なのだ。
あえていうなら、「放射能認識が、旧来とは違う[放射能認識の変更]」。
単純化するなら、「放射能=大した危険性はない」とでもするべきか。



B.は、Aみたいな、[放射能認識の変更]はしていない。
「放射能認識は、危険物」「核汚染は有害」「大したことある」。
が、「痛みを分かち合う」という「新しい放射能哲学」が入る。


そう。
AとBは違う。
考え方が全く違う。
しかし・・・「現実の手段」「採られる政策」を考えると、
驚くべきことに、
「同じになる」のだ。



A.
「核汚染無害論」とか、
「こんなの大したことない^^論」とか、
の考え方
⇒具体的施策等:核防御不要、汚染物ツーツーイケイケ政策OK、国民の核物質摂取OK
理由:「核汚染無害論」、「大したことない^^」から


B.
「痛みを分かち合う」の考え方
⇒具体的施策等:核防御不要、汚染物ツーツーイケイケ政策OK、国民の核物質摂取OK
理由:「新しい放射能哲学」、「痛みを分かち合わねばならない」から


これは・・・驚くべき現象である。

AとBは考え方は全く異なる。
ところが、現実の政策として導出されるものが、全く同じである
、というこの特異性。


しかし、目を、思考をそらしてはならないのが、

「放射能汚染(核物質による汚染)に対する対処法の常道とは、真逆の措置である」

という、厳然たる事実である。
Posted at 2012/01/25 01:43:13 | コメント(1) | トラックバック(2) | 「回復期」にあたって | 日記

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