この記事は、
東京マラソン:あんなデブは出ない方がいいんだについて書いています。
まず、
月末の今日は「維持り」な話から。
先月末にアップしたリストに同じ。
要・維持りな箇所と達成状況。
↓
①エンジンオイル・エレメント交換&エンジン洗浄⇒実施済み。
②バッテリー交換⇒実施済み。
③ブレーキオーバーホール&ローター&フルード交換⇒実施済み。
④ブレーキパッドの交換⇒実施済み。
⑤エンジンロッカーカバーのガスケット。オイル漏れ。交換⇒実施済み。。
⑥スロットルボディーの洗浄・調整
⑦CVTフルードの交換
⑧ドライブシャフトブーツ部の交換
⇒ジャッキアップ・リフトアップして、何度も検討の結果、「まあ、大丈夫だろう」。
⑨ベルト類の交換
最近、DIY!! だの、アメリカは~、だの言っていた話に関連して、改めて書いておくと、
このうち、ディーラーでしか出来ないのが、⑥と⑦。
⑦CVTフルードの交換
は、街のチョットした整備工場では不可能(結構大きなカーショップでも、お断りなところが多い)。
⑥スロットルボディーの洗浄・調整
コレに至っては、結構大きなカーショップ(exオートバックス)でも、やってなかった。
「ソレは、特有のセンサー類が必要でして・・・。ディーラーで願います」
って。
つまり、ディーラーでない整備工場などでは作業不可能。
言い換えれば、「DIYでやることができない」、という話。
「俺自身」・あるいは「俺の交友関係」「俺の脈」のみで解決できない話。
その「脈」は、「三菱自動車との脈」そのものズバり、でなければダメ。
(あるいはそれと同等の何か)
だから、昨日までの「アメリカ=DIYの国」な話の論調でいうと、
「日本車には、こういう要素(=DIY不能な部位)が多い。
しかも、それは年々拡大しつつある。
それが既定路線。
でもそれは、アメリカ人が言う、アメリカンスピリットには適合しない。
そうじゃろう?
だから、アメリカ人は、日本車なんて乗るんじゃねぇ。乗ろうとするんじゃねえ!
日本車に乗るようなアメリカ人は、アメリカ人としてヘタレ!
じゃろう?」
という話。
ここからは、話題は変わって、
私の耳に入ってきた情報類と、それに対する見解・思い。
昨日、2月27日は東京マラソンでした。
松村邦洋が東京マラソンに出場し、心停止になって(AEDの迅速な措置により肉体にご帰還)、
そして、石原慎太郎が言った言葉「あんなデブは出ない方がいいんだ、マラソンには。」。
↑
それから、早二年。
東京マラソンになると、この事例を思い出して、↓こう思ってしまう。
「松村氏の 魂の走行距離 は、“どっち”だったのだろう?
約15km?(←倒れた地点までの肉体の走行距離と同じ)
あるいは、
10万億土km???強引に表記すると10万億無量大数km以上?(←魂が抜けて、かなり逝っちまって、戻ってきた、という意味)
うーん、これらの“中間”くらい・・・、
東京タワーのてっぺん位まで上昇して、ワープする手前くらいで、戻った感じかな?
あ、↑コレじゃ、約15kmだわな 汗」
・・・東京マラソンになると、↑この事例を思い出してしまう。
それよりも何よりも、昨日からみんカラでも、かなり騒ぎになっているのが、
富士スピードウェイでの(死亡)事故。
↓
「2月27日 午後
・FSW 第一コーナー
・黒のBMW
・ほぼノンブレーキ 第一コーナー突き破り炎上
・ドクターヘリ出動
・走行会は中止→閉鎖中
ドライバーの方の安否等の情報もまだみたいです。
心から無事をお祈りします。 」
https://minkara.carview.co.jp/userid/992578/blog/21612302/
「重大事故が発生してしまいました。その走行枠ではポルシェのGT3やフェラーリ、BMWなどが多く、速度域も半端じゃなく高いクラスです。
事故が起きたのは13:25頃。
1コーナーのフェンスの外、10メートルくらい下にグチャグチャになったBMWが斜面に刺さっており、静岡県警が現場検証中でした。フロントがほぼ無い。と言うか燃えてるし、車種すらわからないくらいめちゃくちゃでした…公道でもサーキットでもこんな酷い事故は初めて見ました。さすがに恐ろしくて車の写真なんて撮れるわけありません。
帰宅後に知りましたが、どうやらそのBMWのドライバーはお亡くなりになったようです。富士スピードウェイ改修後初めての死亡事故だそうです。ご冥福をお祈り致します。
現場の状況と現地にいた方々のお話から予測すると、あの約1.5キロの直線をフル加速してきて、ブレーキトラブルか、急病か何かでノーブレーキのまま1コーナーに真っ直ぐ突っ込んでしまい、分厚いタイヤバリアを突き破り、フェンスを越えて10メートル下へ落下、炎上。このような感じだと思われます。」
https://minkara.carview.co.jp/userid/595666/blog/21616709/
・・・この件については、
10メートル下へ落下、
・・・10万億土km???強引に表記すると10万億無量大数km以上?へお逝きになられてしまわれた・・・、
とかいう珍妙な表現を使うことが極めて不謹慎に思われる。
ご冥福をお祈り致します。
としか言いようがありません。
ただ、「死」について思いを巡らせると、
何というのかな・・・私の世代が高齢になるくらいまでに、
科学的な考察と宗教的な考察が、結局は同じになってしまって、
いわゆる「通説」が形成されてしまうのではないかな???
と思っている。
「完全に散って、魂が原子・素粒子以下の単位まで完全分解されること」であるとか、
「実体空間外の世界(←いわゆるあの世)へとワープしてしまう」とか、
そういうカンジで、
思想や宗教や科学的学派を越えたレベルでの「通説」が形成されてしまうんじゃないのか?
みたいな気がする。
今までの遺伝子・ヒトゲノムの解析だの、
コンピュータ容量のテラバイト化(←もう、ヒトが一生で目にする光景の全てを記録するに必要な量が確保されてしまった!このままではヒト一匹の、思考は勿論、人生そのものまでが演算されてしまうではないか!)だのから察するに。
ま、余計な思考ならいいのだが。
(私の世代が高齢になるくらいまでに、科学的な考察と宗教的な考察が、結局は同じになってしまって、いわゆる「通説」が形成されてしまう、
なんてことを、私は快く思っていないので)
そんなこんなで、2月は個人的に、ある意味で思い入れのある月。
何というかな・・・私は8月生まれなんですがね。
↓
↓この話のことですよ 笑。
↓
@古代ローマ帝国。
アウグストゥス帝:「8月と言ってタコ足ではあまりにもカッコ悪い!(←"Oct" というのは、「8」 という意味で、8本足のタコのことを言った。8月の旧称)
Augustusに名称変更だ!
ちなみに、私の名前が付いた月なのに、30日では何か足らん!31日にしろ!」
陰陽師:「それでは困ります!一年の日数が増えて、暦が狂ってしまいます」
アウグストゥス帝:「ならば、そうだな・・・2月をもう一日削って持ってこい!」
な話 笑。