【1985.06 ~ 1990.03】FZ250PHAZER 1985年式(初期型) 白/赤 新車
1985年2月、父と共用のスーパーカブ70からスタートした私のバイクライフでしたが、
やっぱり速くてカッコいいバイクへの憧れはありました。
当時、すでにレーサーレプリカの全盛期が始まっていて、
特に2スト250ccや4スト400ccはレプリカ一色。
でも、旅好きな私はツーリングに行きたくて、レプリカのタイトなライポジはちょっと…と思いました。
また、2ストでロングツーリングに行くには、予備のオイルを何本も持っていく必要があったりとか。
かと言って、400を選べば車検があるし…当時、バイクの車検はめっちゃ高かった!
4スト250でレプリカではなく速いバイクといえば、ホンダVT250Fが当時の定番でしたが、
VTは友人が乗っていたし、2スト250や4スト400にはパワーで一歩及びませんでした。
(VTも乗りやすくて良いバイク、乗り手が良ければ速いバイクでしたけどね)
理由はいろいろあれど、ぶっちゃけ「人と同じは嫌」と思っていたのです(笑)
そんなことを考えていた1985年の春、登場したのが、このFZ250PHAZERだったのです。
4気筒4スト250DOHC16バルブで当時の自主規制値いっぱいの45馬力ですよ!
しかも、レーサーレプリカではなく、独自性を追求した、他のどのバイクにも似ていないデザイン!
もうこれを買うしかない!と全く迷い無しでした(笑)
初期型のカラーリングは白/赤、白/青の2種類でしたが、そこはヤマハらしい前者を選びました。
(後期型の黒/銀もカッコ良かったですけどね)
通勤、峠、ツーリング…どんな時も本当に良き相棒でした。実質4年半で45,000km位走ったかな?
125cc並みのスリムな車体(高速の料金所でもよく125と間違われました)ですり抜け戦闘力は抜群、
峠ではレプリカ軍団と一緒に走りを楽しんで、パフォーマンス的にも遜色なかったですね。
レプリカに比べれば前傾がキツくないポジションで、ロングツーリングでの疲労度も比較的少なく、
小さなビキニカウルが意外と効果を発揮して高速巡航も悪くない。
まあ、あのジェット機のようなエンジン音と、目の覚めるような加速が最高だったんですけどね(笑)
でも、この非レプリカスタイルは一代限りで、後継モデルのFZR250は完全なレプリカスタイルに
変わってしまいました。何はなくともレプリカ、という時代でしたからね。
PHAZERの後を追って登場したホンダ初の4気筒4スト250モデル、
CBR250FOURもハーフカウルの非レプリカスタイルでしたが、
あっという間に後継のCBR250R(フルカウルのレプリカスタイル)に代わりました。
2バルブエンジンのGS250FWやGF250が長かったスズキも4バルブのGSX-R250を投入、
GPZ250→GPX250で頑なに2気筒を守っていたカワサキもついにZXR250をデビューさせ、
このクラスは4気筒4バルブエンジンでレプリカスタイルが当たり前になっていったのです。
話を私のバイクライフに戻しますが、新潟時代は主にツーリング、
上京してからは通勤など都内近郊の移動で乗ることが多かったかと思います。
まるまる1週間かけて東北六県をぐるっと回ったり、日帰りで一般道ばかり800km走ったことも。
市販車初の4スト250・4気筒16バルブということもあってか、エンジン耐久性は未知数だったようで、
走行3万キロを過ぎた頃から、10000回転あたりから上の吹けが悪くなってしまいました。
(レッドゾーンは発売当時誰もがビックリした16000回転から!)
だからといってFZR250に乗り換える気にもなれず、ヘッドOHして乗り続けましたけどね。
本当は、バイクショップにはフルOHを勧められたのですが、予算の都合上ヘッドだけで我慢…
さすがに4万キロを超えたあたりで、エンジン以外にもあちこち疲労の色が濃くなり、
一目惚れしたニューマシン(後日アップします)に乗り換えたのです。
実は自宅の近くに、ナンバーが付いたまま保管?放置?されているPHAZERが1台ありまして、
しかも、それが私の乗っていたのと同じ、初期型の白/赤で、めっちゃ気になっています…
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画像1は1986年?87年?当時の彼女とタンデムで西湖(山梨県)へ行った時のものと思われます。
皆さんご存知の通り、この時代の高速道路はタンデム全面禁止、
R20も交通量が多くてツーリングルートとしては比較的単調、
道志みち(R413)はまだまだダート区間が残る、典型的な昭和時代の地方の3桁国道でした。
ですから、東京から富士五湖へタンデムツーリングするのは丸一日がかりで、
なかなか大変だったのです。今では考えられないことですが。
画像2は拾い画ですが、全体の画像です。