
他で書いた事ですが クルマ関連なので こちらにも(笑)
1976 F1 イン ジャパン ポスター マクラーレンM23
映画 「ラッシュ/プライドと友情」
先行上映と昨日の2回も観ちゃいました(笑)
1976年のF1グランプリのジェームス・ハントとニキ・ラウダとのチャンピオン争いを描いた映画なのですが
単なるレース映画じゃ有りません! 2人の廻りの人間を含めた人間模様を描いた映画として女性にもお勧め出来ます
先行上映はカミさんと行ったのですが リアルタイムで当時を知るオッサンな自分としては
1976yのレースの流れ 結末等 話たいのもこらえて カミさんには先入観を持たせずに一緒に観に行きました
クルマ好きな女性なら勿論な事 クルマやF1に全然興味が無くても最後の最後までどうなるの? 結末は?
カミさんも最後までかなり引き込まれたみたいです!
当時のファッション クルマ等に興味の有る方も無い方にも 女性にもお勧め出来ます
ラウダの奥さん役の女性も凄く魅力的で綺麗だったしね!
もう上映本数も少なく成って来ているので 早急にカミさんか彼女を連れて映画館へ!
DVDなんぞを待たずに 大スクリーンで臨場感ある大音量で観て下さい!
ロン・ハワード監督 凄い映画作ったんじゃないかな?
(当然御存知かと思いますが アメリカングラフィティのスティーブ・ボランダーです(笑))
自分の中じゃレース映画としては 「男と女」「栄光のル・マン」「レッドライン7000」?(笑) あたりにも匹敵します
ウィキペディア
ラッシュ/プライドと友情
もう上映から1カ月経ったので 以下は多少のネタバレですし 女性には何だか訳の分からない関係の無い話です(笑)
当時を知る方なら 色々 気に成っちゃって 息つく暇も無い映画です
スーパーラット ラウダなんか 本人?と言っても良いくらいです
もう少し歯が出てれば 完璧!
事故後のヤケドの痕も生々しく再現と言うか こちらが痛みを感じるほど
スタート画面からオッサンはやられちゃいます!
ラウダの脇で チーフメカニックの エルマノ・クォーギー
(ex ●JWA? FAV? FORD GT40レース運営縮小で仕事にあぶれた名メカニックをラウダがスカウト?)が出て来るのですが(多分?) モミアゲと言い イタリア系の顔と言い 雰囲気が有るのです
少し太り過ぎのきらいも無いでは無いですが(笑)
●(JWA ジョンワイヤー オートモーティブ レース運営 整備等 FAV フォード アドバンスド ビークル レース運営 整備製造等 両方ともFORD GT40に関わった組織)
FORD GT40 Mk2 に関しては かなりの好き者 大好物の一つなので その内 所有する本や モデルカーでもUPします?(笑)
1973年のシーンでは 最終戦 US GP ワトキンスグレンでの 当時好きで仕方無かった
過去現在通してF1界一の色男 タイレル005?に乗るフランソワ・セベールの事故シーンでは ガードレールにクラッシュした首チョンパ映像風も
フランスの ジェームスディーン!
ウィキペディア
フランソワ セベール
今でも一番カッコイイF1は スポーツカーノーズでサイドポンツーンが丸い タイレル003~005かも?
サイドウェイ・ロニーはどれなんだろうか?とか
クレイ・レガゾォーニもヒゲの感じで良く似させて有ったし
デディ・メイヤーこの顔?
富士スピードウェイでの最終戦
76y F1 イン ジャパンの映像もかなり研究して作り込んでる気がしました
(1976yは 他のレース(多分?日本最高峰のF2)が日本GPの名称を使用しているので 世界最高峰のレースであるF1でも 日本GPの名称を使用出来ないのでF1 イン ジャパンなのです 翌年は日本GPの冠がつきます)
日本の旧車も良く集めて 嵐と言うか富士の悪天候の雰囲気出していて 努力していたと思いますよ(笑)
本当か?映画の中だけなのか? ハントのシフトノブが取れちゃって格闘してたの?とか
オレの記憶じゃ ラウダは3週目にピットに戻って来たんだと思っていたが
スタート周でピットインでしたね 人間の記憶なんて40年も経つと当てに成らないなぁ(笑)
当時 高校1年生だったオレは 東京の田舎者なので 廻りに富士SWに行く知人も居なくて
一人で富士SWまで行く勇気も行き方も分からずに
レースとして初めて日本に来るF1を観に行きたかったのですが
行けない事で 悶々としていました(笑)
高校の近くのカーショップには F1GPインジャパンのポスターが張って有り
当時は今と違って(今も同じ内気な?) 内気な紅顔の美少年だった自分は 意を決して
その店に飛び込んで 「レース終わったら このポスター下さい!」
って言って貰ったポスターがこの写真のポスターです
あれから 38年も取って有るなんて(笑) よっぽど好きだったのか 物持ちがイイのか?(笑)
で 決勝当日は 当時我が家は天井が無くて電線が這っているのが丸見えで柱が煤でまっ黒けなボロ家だったが
何故かオヤジは新しい家電が好きで 数年前に購入して有った当時相当高額なSONYのベータマックス?と言う ビデオデッキが有ったので
生放送?にもカジリつきつつ 同時に録画して 何度も 何度も観たのを覚えています
雨の1コーナーの立ち上がりで 各車リアタイヤをカマボコに当ててテールスライドを止めていたのを良く覚えています
当時ですから ドリフトアングルは大角度ですし 殆どのドライバーがパワーオーバーステアでカウンター当てて廻っていましたね!
当時TVで観られた GCやフォーミュラレースでは その様な映像は
殆ど無かったので F1の物凄いパワーにビックリしたものです!
といっても フォードDFVが絞り出すのは 3リッターで たかだか450hp~500hp位のものでしょうけど?
1977年の F1日本GPまでそのテープは有ったのですが
当時テープは1本4000円前後?位した高額なもので
その上に ダビングして 1976yは消えてしましました(泣)
その後 1977yのF1も上書きで消えてしまったのですが
今 2本とも有れば 相当な価値が有ると思われ?
youtubeで見られる1977yでは 事故現場はモザイクですし
1976yのF1インジャパンのyoutubeは見つかりません?
あと一つ 今でも良く覚えているのは マリオ・アンドレッティが叩きだした
富士SWのコースレコード 1.12.77 ? だったな! F1ってこんなに速いのか?って(笑)
コースレコードと言えば 我が郷土の誇り!? KE007の長谷見さんの足回りのパーツが壊れなければ
本当にポールポジションが取れていたのではないかと? 今でも思います!
あそこでポールを取っていれば 何年か後にはF1に自力で乗れていたのではないかと?
生沢に次ぐ 初のサラリーをもらえる ワークスドライバーまで上り詰めたのではないかと? 特にレース界じゃ たれればは無いけど 残念だなぁ(笑)
当時観に行った方に聞くと 音はマートラ(マトラ)のV12の音が 今まで聞いたエンジン音の中で 最高の音だそうです!
興味の有る方は youtubeで V12 Matra 検索して下さい
少しは出て来ますが 生音じゃないので?
一番好きなロニー・ペテルソンも事故で
ジョディ・シェクターも
カルロス・パーチェも
パトリック・デュパイエも
ハントは病気で
レガゾォーニは下半身不随に成った後 晩年高速道路で
グンナー・ニルソンは癌で
富士に来たドライバーは 殆ど短命だなぁ と言うか あの頃のF1ドライバーは
レースで20%もの死亡率だったなんて
これを見て 興味が湧いたら 観て下さい(笑)
今も 高校生の頃も 殆ど差が無いと言うか 同じ事してる気が?(笑)
三つ子の魂百まで?