2020年11月12日
昨日、本来なら初七日法要。
しかし、数日で3波コロナ流行で喪主で通夜のない圧縮家族葬やった。
8年11ヶ月、持病が増える息子と母で二人三脚の介護生活は・・・
11月5日の老人ホームの昼前に、自分含む職員さんはひっきりなしで介護してたけど、ほんの空白の時間に母は息を引き取った。
前々日から、食が取れなくなり、脈取れず、舌根沈下の末期で呼吸も不安定になり、死ぬ前に熱が出るんだけど、微熱の部類でしたが、施設長と社会福祉士にお願いして2泊するつもりで老人ホームに泊まりこんで自分が在りし日の夜勤さんモードで見守ってたけど・・・
何時急変するか判らないから深夜でもワンルームの入り口全開でシフト勤務で大ベテラン3人衆の一人が夜勤担当で当たの2人(一人は異動で下の階に写っても休み時間の合間に自発的に来て様子と介護最後残業しつつ見守ってくれた。)
深夜2時15分頃、お招きの使者とガン見しちゃったよ。
最近のなら茶の間じゃなくて、居間じゃない!洋間あぁ?
フローリング?で集まって、朝昼晩おやつと、一部胃ろうの人は部屋ですが広間に、背丈は100cm位の影が自分の目線に入り引き戸で見えなくなると引き返して、引き戸の前に立った時に、怖さを感じなかったスーッと来て自分仲立ちみたいな塩梅で、母を見つめて、彼は姿は消えつつもフローリングの電球を背にしていたから『小さい頭と両肩まで』の影を残してい居なくなったんだよ。
それからかな。
変化あったの熱が下がり呼吸も安定し眩しい朝日が昇る頃(仙台でも珍しいだるま朝日もしくは、だるま太陽 簡単に言うと蜃気楼の一種)。夜明けにはさらに落ち着き『?』錯覚を見せるほど回復してたけど、昨夜のやり取りは流石に頭の隅に置いてたよ。
後は察する通りで、昔から小さいうちに葬儀の一部始終に立ち会わされてから、看護師さんと一緒に母を裸にそれぞれで暖かい濡れタオルで母を全身拭いて、お気に入りの服と母の日に買った気に入って貰えた服とズボンはかせて、死に水で口を自分がやりたいと願い出て・・・溺れるほど口の渇きを取って化粧も看護師と化粧の色合いにつて、穏やか過ぎて大往生してやった!って顔の母の上で化粧に一致が合わないので母の顔に似合う明るい化粧して・・・
口紅揉めたよね(;´Д`)
充分年取って往生決めちゃっってたからね。
生える口紅を自分の指で母に口紅つけてやったよ。
母は大変穏やかでしてやったりー!的な顔で声かけたら返事が返ると思わせるほど生き抜いた!やり切った!から息子の自分は『8年11ヶ月 かぞえ85歳お疲れ様』と言う言葉しかない。
後は葬儀社から「コロナ禍」の推しが強く檀家でも家族葬だったのに一般葬と変わらん金額に・・・。
通夜なし100回忌まで圧縮で2日間で終わった。。。
昔の仕来り、初七日法要と7日間毎の回忌と49日概念の崩壊でますます葬儀絡みのサービス業も元値が取れなくて銀行出資と市の援助貰わないと難しく、それに並んで法事で食事も出来ないから贔屓の老舗料理屋まで年内まで営業で寂しい。
逆に、みんなが家でモニター就労でスーツ会社が倒産気味過ぎて、礼服を先に2万5千円でオーダーメイドして・・・来年新しいスーツをオーダーメイドするかも。
アジャスターしててもジャンプするとズボンが落ちるくらい痩せたw
Posted at 2020/11/12 23:08:22 | |
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