横一列の一群の
前進が始まると、その列から周囲を震撼させる怒号が沸き上がる。
「勝~ってうれしいはないちもんっ、ベ~ッ!」
ドッスン。
最後の一足が地を震わせて、踏みつけた地面から
土煙が舞い上がる。
相対する横一列の一群が、相手のその前進に合わせては怒りを溜め乍ら黙って後退する。
相手が止まるなり負けじと
溜めた怒りを吐き出すかのような罵声を上げながら前進を開始する。
先に前進した勝ち組の一群がその前進の
歩調に合わせて後退していった。
「負け~て悔しいばないちもんペッ!!」
列が停止した瞬間にこの列からは
痰が一斉に宙を舞い、引き下がった一群に飛来する。
下がっている時に怒りと共に痰を口中に貯めていたのだ。
黒田大尉は北方蛮族の荒々しくも熾烈な、そして最低最悪な内輪もめの最中に
第三種接近遭遇してしまった。
バルター・モデル中佐を中央にした
「第32装甲私団」からの選抜メンバーの勝ち組の列がその勢いで再び前進し、負け組を揶揄する。
「隣のおっさん、ちょっと来ておくれ。」
ドスドス、ドッスン。
地を揺るがす振動で森の木立のリスが枝から落ちそうになって慌てふためき大騒ぎになった。
引き下がった列中央の
「45独立特化組」率いる
ジンケス・カン親分が嘲った顔で怒鳴り散らしながら部下を引きずるようにして前進する。
「鬼やんが居るで、恐ろしゅうて行かれねえ。」
ドスドス、ドッスン。
ウンベッ!
予定の位置まで前進すると思いっきり奇妙で悪辣な面相をしたうえで、これ見よがしに中指を突き上げた拳を前に突き出す。
その地面の下、土中ではモグラの住処に幾度目かの落盤が発生した。
モグラ達は落盤に巻き込まれた仲間を必死に救出しながらも引っ越しを考えていた。
地上に討って出て地上で騒ぐ「第32装甲私団」と「45独立特化組」を蹴散らしてしまいたいが仲間の数があまりのも少なくて心細いので身を引くしかないのである。
モグラ達の
我慢の季節であった。
カン親分の反論に対してモデル中佐は蛮族どもは蓑すらも持っていない低俗民だと決め付けて、北方蛮族を冷かす様に前進する。
「蓑かぶってちょっと来ておくれ。」
ドスドス、ドッスン。ケッ!
モデル中佐はニヤニヤしながら、最後に「ところで、蓑なんて知ってます?」といやらしく聞いた。
揺れる木の枝にぶら下がっている
蓑虫達がカン親分に取られてモデル中佐に投げつけられない様にと蓑の中に潜り込んで、戦々恐々とした。
蓑虫達が考えているように皮肉を言われたからと言って、すぐに相手の思い通りに反応するカン親分ではない。
反射的に蓑を探そうと
蓑虫のぶら下る枝を見上げる子分とは一味違うのだ。
「バカモデ虫が喰っちまってぼろぼろやで、行かれない。」
ブヒッ!
ちなみに、親分の言う「バカモデ虫」とはバルター・モデル中佐を皮肉った純血北方蛮族の間で使われる
綽名である。
それを聞いたモデル中佐の顔が怒りで真っ赤になる。
日頃の恨みを晴らさでおくべきかである。
枝の上で、見られた物ではないと並んだ
子猿達が赤い尻を一斉に向けた。
森の小さな住民達を巻き込んだ囃子合いと、冷やかし合い、罵り、愚弄する童謡の替え歌が続く。
「お皿かぶってちょっと来ておくれ。」
ベベッ!
枝にゆらゆらと揺れながらぶら下がるナマケモノが・・・何も考えていない。
「カッぺじゃねぇんだ行かれない。」
フンヌ!
蛙とナメクジと蛇が連合を組んで広場からの脱出を図っている。
「鉄砲かついでちょっと来ておくれ。」
ドスドス。
モモンガが「もんが~」って吠えるが、・・
何をしたいのか分からなかった。
「下衆な暴力なんぞ使えない~。」
ふんふんふん~だ!
カン親分は
「てっぽうってなんだべ」と小声で横に居た部下に聞いた。
「組長、
鉄棒ですよ。知らねぇんでやすか。下衆以下でやんすね。」と子分は照れながらも満面の笑顔で答えた。
周囲にお花畑を咲かすような明るい
笑顔が本当に素敵な子分であった。
一瞬後、「45独立特化組」の子分が列から消え、後方の群れから新たに子分が追加される。
組の上下関係は厳しいのだ。
そして、頭脳よりも腕力なのである。
子分はその事を身をもって知ったと思われるが遅かったかもしれない
ここで少し間がある。隊列を組んでいた「第32装甲私団」と「45独立特化組」がそれぞれ円陣を組み相談を始めたのだ。
相談が終わると再び横一列になって両群がこれ見よがしに醜悪な顔をして向かい合った。
「あの子が欲しい。」
ドスドスドッスン!
何事も無かったかのように、列の前進と後退が再び始まる。
森の小さな住民達にとってこの森を騒がせる厳しい状況に耐え忍ぶ我慢の時がまた始まった。
蝸牛が逃げ出そうと草の上を走る。
陸亀がそれを見て、「遅い」と笑った。
甲羅にはボール代わりに何度も蹴られた足形が残っている。
「あん子じゃわからん。こん子が欲しい。」
ベロベロベーノッベッ!
「この子じゃわからん。訛が酷いット。」
ブヒャヒャのブゥ~ヒャ!
「ど突き合いするぞ!」
オウ!
「そうするべぇ!」
ウオッシャ~!
ナマケモノが目を見開く。
雀やリス・子猿が仲良く枝に並ぶ。
モグラが穴から顔を出す。
名指しされたお互いの代表選手が中央でどつき合いをするのだ。
そこに「始め」の合図などはない。
さらに、中央まで出て行って礼をして戦いを開始するという礼儀正しい決まりなどない。
いきなり列から飛び出し、その勢いのままタックルで相手を倒すもよし、相撲のように頭突きをするもよし、シャイニング・ウィザードも踵落としも16.5文キックも何でもありである。
要するに列に挟まれた
中央で相手をノックアウトすると勝ちなのである。
「第32装甲私団」の選抜兵士が列から一歩出て
デスニードルを構え「お前はすでに死・・・・」の
決め台詞を吐こうとした。
アアッチョオォォ~~。
その決め台詞を中断させる鷲のような空気を切り裂く雄叫びがあがり、「45独立特化組」の拳闘士が飛び蹴り姿勢のまま
宙を滑空する。
デスニードルの構えを掌を返して受け身の型に構え直し、首をヒョイと傾けてその飛び蹴りの踵をかわすと、宙に浮く敵兵の腿を捕まえるなり地面に蠅を落すかのように
叩き落した。
そして、リング中央で強烈なジャパニーズオーシャンサイクロンスープレックスが
炸裂し、ほとんど一瞬で勝者が決まった。
デスニードルの兵士が敗者を踏みつけて最後まで言えなかった決め台詞を少し変えて、
「お前はすでに死んでいた。」と締めくくった。
連敗に怒りの遠吠えを上げるカン親分が居た。
戦闘不能になってしまった敗者は後ろに控えている仲間によって引きずられて後方に放り出される。
自らの力で再起するまでそのままそこに放っておかれる。
そもそもこの闘いに介抱する暇などない、いや、むしろ介抱すらも思いつく事さえも出来ないほどに両軍とも闘争心で燃え上がっているのだ。
そして、
空いた列の穴に新たな兵士が加わった。
勝者側は列にそのまま留まった。
ここで、勝者は後方の戦士と変わる事を許されているが、実際に行う戦士はどこには居ない。
勝者が変わるのは相手と互角の戦いで、
戦闘が出来なくなるほどに傷ついた時くらいである。
この調子でうじゃうじゃ居る「第32装甲私団」と「45独立特化組」の1対1の闘いが続くのを見ながら、この戦いに
終わりがあるのだろうかという疑問が大尉の頭の中に滲んできた。
-- 灰色猫の大劇場 その19 ----------------
灰色猫が玉座に座っている。
猿が柱の影から玉座を狙っている。
玉座を前にチューハイを差し出す豚が居た。
豚は王様である灰色猫にこのチューハイの見返りに寄席を開く事を願い出る。
だが、それは猿と豚の謀略であった。
チューハイは5缶ある。
内1缶は毒入りチューハイだった。
灰色猫が1缶に手を出そうとすると、豚の口元から涎が一滴。
隣の缶に手を出そうとすると、また一滴。
床を濡らした。
柱の影の猿も、そうやって一缶ずつに手を出そうとしては手に取らない灰色猫にやきもきしていた。
灰色猫が
一缶掴むと、一気に飲み干す。
猿は柱の影で目を見開き飲み終えた豚を期待して見つめる。
だが、豚の
涎が正確にそれを指していた。
4缶を美味しそうに豚の目の前で飲み干すと、一発おならをして
「よきにはからえ」と一言発し、居眠りを始めた。
灰色猫の美味しそうに飲む姿に理性を失っていた豚は残りの1本にむしゃぶりついて飲み干した。
猿の
警告は遅かった。
しかし、豚の驚異的な消化力は毒を上回った。
少しふらついたがそのまま玉座を引きさがっていった。
缶の底に少し残る甘い芳香を立てる液体を前に猿の欲望と理性が闘っている。
毒の中には甘い芳香を立てるものがある。
危うし猿!
だが、この猿は実際に
毛が三本足りなかった。
--続く
この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。
この物語の著作権はFreedog(ブロガーネーム)にあります。
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