古の設計者の想い、初代アルシオーネの後編となります。
前編は、コンセプトやスタイリングの話が主となり、最後に「
日常使うクルマとしてどこまで完成度を高められるかがテーマ」だったことが語られていました。
インタビューはその続きとしてエンジンの話に入っていきます。(元は一本ものですので、これまた区切りが悪いのはご容赦くださいませ)
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馬場 その意味ではエンジンの特性も、若年層から熟年層まで乗りこなせる、高速走行にも興味のある方にも満足感を与えながら低速も味わえる、という非常にワイドなセッティングになっています。
高原 水平対向4気筒も1.8Lで限界に近づいて、6気筒もそろそろ登場するというウワサもありますが・・・。
馬場 今の時点で考える限り、ほぼ狙い通りの特性に仕上げることができた、アルシオーネのボディに載せたパワープラントで十分であると確信を持っています。
高原 十分であると言われると、何も申し上げることはなくなるんですが(笑)、技術的な問題としてアルシオーネに果たして水平対向6気筒は搭載可能だろうか。ファンとしては興味深いところです。
馬場 これからそういう要望が非常に強ければ商品計画の時点で考える対象になってくるだろうと思います。少なくても今はアルシオーネの総合的な性能、振動、騒音、走りから言って、その必要性はないだろうと判断しています。
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アルシオーネに搭載された水平対向4気筒は、2代目レオーネで初登場したエンジンにターボの追加等の改良を加えたものとなります。登場時点で、ボアアップが限界に達したことでストロークを伸ばした水平対向4気筒(ボア×ストローク:92mm×67mm)は、これ以上の排気量アップは無理と見られていて、当時のパワーウォーズに対応するためにも、次なる展開は水平対向6気筒だろうと噂されていました。当然アルシオーネが搭載の第一候補に目されるわけで、そんな背景もあっての質問となっています。
そんな水平対向6気筒は、同年秋に開催された東京モーターショーに、アルシオーネをベースとしたコンセプトカーACX-IIとして、お披露目されることとなります。
コンセプトカーACX-II(同車に関する詳細は
こちらにあります)
ACX-IIに搭載されて発表された後、1987年にはアルシオーネにも追加されることとなる水平対向6気筒は、4気筒1.8Lとボア×ストロークを変えず、そのまま2気筒を追加した形となっていました。だとしても、インタビューの時には裏で開発が進んでいたのは間違いなく、大人の事情がこういう答えとなったというところなのでしょう。好意的に見ると、搭載時期未定のままで、まだ整理できていなかったでしょうから、話をしようもなかったのかもしれません。
先にデビューしたレオーネとコンポーネンツは同じものと言うことで、エンジンの話はこれぐらいですし、走りの方も次のように軽い記載となっています。
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高原 走りでは、乗り心地や静かさも含めてレオーネに似た味を多く持っているんですが・・・。
高橋 同じ部門でつくって、乗り心地や操縦性の設定も同じメンバー、基本システムもフロントストラット、リヤがセミトレですから、持ち味は似ているかもしれない。しかし味付けの面ではかなり変えたつもりではあります。例えばレオーネのキャスターは2度半ですが4度のキャスターをつけている。ステアリングのギヤ比の設定をやり直して17対1というあのクルマの専用ギヤ比になっている。EP-Sのユニットは一見同じでも特性が全く変えてある。音もセダン・レオーネよりよくなっている。乗り心地はやや固めの設定ですが、悪くはなっていない。操縦性の限界性能もかなり上げている。
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基本は同じ前提で、どう変えたかという話が主眼となります。
キャスター角を強めたのは、直進性の向上が主眼であり、当時の日本車の多くもこの方向性にありました。先に書かれている、アルシオーネのコンセプトからしても正しい選択だったと言えそうです。
もう少し俯瞰的に見ると、ボディ剛性や足回りのアライメントに着目され始めたのが、この時期という印象もあります。技術や開発の面ではもっと前から入り込んでいたのでしょうが、自動車雑誌の記載として表に出始めたのは、この辺りではないでしょうか。この時期の自動車雑誌は、こういった技術を解説する参考書的存在でもありました。
ここからは使い勝手の部分に入っていきます。個人的な心象ですが、高原氏の真骨頂はこの辺りにあって、日常使う上での気になる点を指摘し、そこから発展的な回答を得たりとか面白い話を引き出すというのは、他の回でも多く読むことができます。
アルシオーネは、レオーネまでの積み重ねから離れたチャレンジをしている部分がありますから、なかなか面白い話となっていきます。
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高原 スペアタイヤがついに後ろにいきましたね(笑)。どう見ても余り実用的な格納方法じゃなかった。
高橋 最近、タイヤの交換なんてあるんですか?
林 運の悪い人でしょう(笑)
高原 パンクしないですからね。
馬場 状況が変わっていますから、それなりの時代に即応した艤装は当然考えなきゃいけないでしょう。
高橋 車両として積載能力が高いので、これだけ積めるスペースがあればいいだろうと割り切りました。いろいろトライした結果、スペアタイヤが1個そこに入ることでトランク室のボリュームを減らしてしまう犠牲はどうしても避けられない、それなら一般の荷物を出し入れしやすいように、ということで決めた位置です。例えばサブトランクへ落とし込めば、少し出っ張るだけでトランクの床面はフリーに使える。トランク室の犠牲になっている部分はトランクスルーで十分に補える。手荷物は後席にかなり収容できる。あれが2勝1敗になっていないんだね(笑)。要改良項目です。
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文面だけだと何が何やらだと思いますので、先ずはアルシオーネのスペアタイヤの収納方法を車種別総合研究の画像から引用します。
レオーネまでは、背の低い水平対向エンジンのメリットを生かして、スペアタイヤをエンジンルームに積んでいて、そのメリットをアピールしていたのですが、アルシオーネではボンネットを低くしたため、他車同様にトランクルームに移設しています。ただ、その積載方法は、床置きではなく、リヤボードから吊り下げる方法だったことから、議論となりました。
応急用タイヤが使えるようになってコンパクトになったとはいえ、スペアタイヤの収納方法というのはまだまだ悩ましい点だったのでしょうね。
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高原 もう一つ気になったのはドアハンドルです。開けるたびに指を突っ込んで塗装部分に爪を引っかける形になる。長い間には傷がつくんじゃないか。ユーザー側にしてみれば気になるところです。
高橋 私どもでも爪の硬さと塗膜の強さをよく調べて、一応のバランスをとった処理にはしてあります。
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続いての指摘はドアハンドルです。
フラッシュサーフェスを求めたことで、通常は窪みとなっている、ドアハンドルの下側にフラップが設けられています。確か、使用時には下側のフラップを押し込んだうえで上側のドアハンドルを持ち上げる形だったと記憶しています。
日常の使い勝手的には難となる形状ですが、これも一つの主張ではあります。今ならまた別の構造とするのでしょうけれども。
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高原 室内環境は、マルチアジャストステアリングのテレスコピック機構&メーターパネル一体可動チルト機構になって、シートもレオーネとは明らかに座り心地が違う。リヤシートは”おまけですね”という感じですが・・・。
林 もともと2プラス2で、前の2に相当重きがある、後ろはプラス・アルファーの2だから、短時間乗れればいい、前席優先をクルマの中に表現しようと。それから、大きな部屋の中に前席がポコッとあると考えて、インパネからドアの内張り、後席のバッククロス、みんな同じビニールレザーで包んだ。その中に前席優先の考えを入れ込んだわけです。
高原 プラス2なら、普通はスーツケースか手回りの品の置き場だ、荷物を置くときに抵抗がないと考えて、あえてビニールレザーに?
高橋 基本的にはそういう考えです。初期のアイデアでは、荷物を置いて下さい、ただし、人も座れます、という非常に明快なコンセプトだったんです。それにしては狭すぎる、足がくたびれちゃって、ほんの短時間しか乗れない。リヤシートは、シートとしてつくってありません、というのを明確に出しておこうと。
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ここからは内装の話となりますので、先に画像を掲載。
インパネ・ステアリングをはじめとする各所には、明らかに当時の主流から離れた未来志向のデザインがされていました。「まるでコンセプトカーのような」という形容詞でも可だと思います。
フロントシートのクロスデザインも特徴的ですが、その一方で(画像ではやや判りにくいですが)リヤシートをビニールレザーにするというのが一つの主張でした。
自動車雑誌の評価では、その主張を含めて好意的に書かれていましたが、市場の声は別の所にあったようで、あまり時間を置かずでクロス張りに変更されたようです。
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高原 パワーウィンドウのスイッチパネルがアーム横に付いているので操作しにくい、エアコンやりサーキュレーターのスイッチが手元の後ろにあるので操作しづらい。
高橋 パワーウィンドウのスイッチはアームレスト上面に置くのが一番使いやすいんですが、小さい子供さんが中で遊んでいて踏んずけて首や手をはさんだという騒ぎが新聞にだいぶ出まして、サイドにしたんです。それにしてはいささか使いにくいという問題が残り、率直に言ってあれは反省点です。
チルトは、いろんなチルトステアリングを調べてみましたら、意外にストロークがない。25ミリかせいぜい30ミリぐらいしか動かない。それ以上動かすと、上げた時はメーターにつっかえる、下げた時にメーターが見えなくなる。なるほど、それでこれぐらいの領域しか動かさないんだなと。デザイナーのほうが、なら一緒に動かしてよ、と(笑)
高原 随分簡単に決まった。
高橋 それであれは舞台装置みたいに動く。チルト量が50ミリとってあり、出入りのときに中立位置から65ミリはね上がる。はね上がりまで入れると85ミリ動く。そんなに動くチルトはないと思う。
林 高橋のほうが1勝2敗の哲学でずっときていたでしょう。デザインのほうは、これは2勝のほうだ、やろう!と主張してね(笑)
高橋 メーターに対してバイザーの一部から屋根がついていますね。メーターと屋根の間が屈折するようになって、上げても下げてもバイザーに屋根裏がくっついてくる。これはいいアイデアが出ました。
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先に、高原氏の指摘となっている、アームレスト部分と空調レバーを画像で掲載します。
パワーウィンドウに関しては、インタビュー中にあるとおり、誤操作による挟み込みが問題となっていました。アームレストの形状からしても、当初はドアハンドルと同じ面に置いていたものを急遽、サイドに移したことを想像させます。この配置、誤操作の防止とはなりますが、さすがに使い勝手の面では難がありますね。
各社様々な方法でその対策を検討中でしたが、やがてはマツダが最初に取り入れたプッシュプルスイッチに収束することとなり、さらに根源的な対策として挟み込み防止機能も開発されることとなります。
アルシオーネの目玉装備の一つに、チルトステアリングがありました。
チルトステアリング自体は、既に日本車で広く普及していましたが、左画像のように、左右のウィングスイッチも一体であり、さらにメーターパネルも動かすという大胆な発想が製品化に至っています。発想が飛行機屋さんらしいというだけでなく、困難を超えてそれを実現してしまったというのがポイントですね。これは2勝という、開発者の自信も納得できるところです。
最後は、パートタイム4WDということで、そのスイッチをどうするのかという話をして、設計陣の最後のアピールとなっています。
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高原 トランスファーのレバーが、レオーネの1800及びターボはロー付きのレバー式、アルシオーネはレオーネの1600と同じようにノブにスイッチ。たしかレオーネの時はレバー式のロー付きが機能としてはいいんだという説明を受けたと思うんですが・・・。
馬場 クルマによって使い方の思想をはっきり分けたわけです。
高原 逆にいえば、アルシオーネのやり方は、うん、これでいいだろう、と僕は思っているんです。
馬場 レオーネのデュアルレンジにローを付けたのは、どちらかというとダートを意識した発想です。アルシオーネはダート対象外でむしろオン・ロードに徹している。自宅から公道へ雪の上を出るぐらいがせいぜいという考えですから、デュアルレンジを排除して、ボタンにしているわけです。
高原 最後に設計者の方々から、ユーザーに特にアピールしたいことを一言・・・。
高橋 2勝1敗だとかいろいろカッコいいことを言ったんですが、ボギーの点もいくつか指摘されました。細かい改良はこれからもいたしますが、今の状態で我々としては自信作と思っていますので、スバルもここまでやるようになったかとご了解いただきたい。
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4駆のデュアルレンジというのは、元々クロカン由来ですから、機能としては重宝することもありそうですが、アルシオーネの狙いからして、それを外したというのは正しい選択だったと私も思います。本来はフルタイム4WD想定だったのでは、とも思いますが、きっとタイミングが関係して、パートタイムの選択となったのでしょうね。
といったところで、いかがだったでしょうか。
アルシオーネは、このインタビューの最初と最後の言葉が何よりの総括となるのだと思います。ずっとやりたかったことを、ようやくここまでやれたということですね。
ただ、その志がきちんと評価され、販売台数に反映したかとなると、否という結論となってしまいます。
こと国内では、前編で書いた販売台数の制約からくる仕様の少なさが、どうしても敷居を上げてしまった印象が否めません。台数が伸びないので、仕様が増やせないという循環に、このアルシオーネも該当していました。
当時のこのクラスのクーペは、ちょうど今のコンパクトSUVと同じように注目を集めていた市場で、決して多くはないパイを狙って多くのメーカーが力作を投入する激戦区にありましたから、その中でライバルをなぎ倒していくというのは難しかったとも言えます。結局、国内ではプレリュード → シルビアという形で一車種に集中する結果となっていきます。
その点、多くの台数を売る予定だった北米輸出は、ターボだけでなくノンターボに廉価仕様も加えた形で、特に初期は比較的好調だったようですが、こちらも想定外の波が襲うこととなります。プラザ合意に基づく円高のため、相次ぐ値上げを余儀なくされることとなるのです。軽く調べたところでは、当初1万ドル弱だった中間グレードは、毎年1千ドル程度値上げされて、末期には約1万3千ドルという価格となっていました。こうなると、価格競争力としては厳しくなってきてしまいます。1987年に水平対向6気筒を追加して、軌道修正を図ったとされていますが、こちらは約1万8千ドルという価格に至っていました。
こうした内外の状況により、改良は進んだものの、大きな手入れと言えるのは、水平対向6気筒を搭載した2.7VXの追加(VXの詳細は
こちらにあります)ぐらいで、次作となるSVXの登場を待つこととなります。
この種の最初の作であることから、手慣れていない部分というのが多少なりともあり、登場後は内外の状況に翻弄されたクルマということから、同時代のクルマ達の中では評価として高いものがあるとは言えません。それでも、各所に見られる意欲的な取り組みであるとか、何より志の部分は決して色褪せるものではないとも言えます。スバルのクーペとしては次のSVXに続いたものの、以降は途切れているという事実もあります。
実はメーカー関係の方が乗られていると思われる複数の個体を、今でも時折見受けていまして、同じように貴重な価値を感じている方がいるのだなと思う次第なのです。
(参考文献)
・月刊自家用車誌 車種別総合研究
(カラー画像の引用元)
・FavCars.com