NSP
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関東地方は雪の予報が出ていました。朝早く(夜中?)起きて外の様子を見ましたが雪の気配はありません。雨も降っていません。 みんカラを徘徊していました。過去の自分のブログも見ました。自分の書いたブログを見ていたらいろんなことが頭の中を駆け回りました。楽しいことよりも辛いこと、悲しいことの方が多いのはどうしてなのでしょう…。 「雨は似合わない」(作詞/作曲:天野滋)1974(昭和49)年に発売されました。シングルレコードは買いませんでしたが、冬になると良く口ずさむ曲です。 NSP(エヌエスピー)は岩手県の一関工業高等専門学校の同級生だった天野滋・ 中村貴之・平賀和人の三人が結成したフォークグループです。初期はニュー・サディスティック・ピンク(New Sadistic Pink)と言っていましたがいつしかNSPという頭文字がバンド名になりました。2005年7月に天野さんが亡くなり、生でNSPを聴く機会は永遠に失われてしまいました。 私の好きなグループで以前にも「さようなら」「夕暮れ時はさびしそう」「八十八夜」そしてこの曲を紹介したのですが、あの時に削除されてしまいました…。 ...出典:ツゥさん
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今日は雪の予想でしたが足利は雪どころか雨も降りませんでした。予想は外れるものと思っていれば腹も立ちません。約束は守られないもの、恋は破れるものなんです。 孔子様は70才になったら思うがままに行っても道から外れないとおっしゃいましたが、そんな境地にはなれそうにありません。天命を知るどころか、人生ずっと惑いっぱなしです。 「面影橋」(作詞/作曲:天野滋)は1979(昭和54)年に発売されたNSPの15枚目のシングルです。面影橋は新宿区西早稲田3丁目の神田川に架かる橋です。近くには都電荒川線の「面影橋駅」があります。 昭和54年といえばまだ大学生だった頃です。本来なら早稲田の学生としてあのあたりで青春を謳歌していたはずなのですが、残念ながら夢破れて千葉の稲毛で寂しい生活を送っていました。この曲は3月に発売されたのですが前年の秋に失恋をした私の心に突き刺さりました。レコードは買わなかったのですが、時折ラジオから流れてくるこの歌を聴いては涙を流していました。NSPにはよく泣かされました。 あなたをあゝこのまま抱いていたい、渡良瀬橋で…。出典:ツゥさん
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気がついたら明日は5月です。四月はあわただしく過ぎ去りました。精神的にも肉体的のもきつかったです。 ここ数日は肩痛で出かけられなかったのでYouTubeを観ていました。懐かしい動画は私を癒してくれました。それから昔の写真を机の引き出しから引っ張り出しました。娘の子供の頃の写真はやっぱり可愛いですね。 私の学生時代以前の写真はほとんどありません。写真の趣味はありませんでしたし、カメラは貴重品でしたからね。 「八十八夜」(作詞/作曲:天野滋)は1978(昭和53)年に発売されました。コッキーポップのテーマ曲でもありました。この曲のすぐ前が世良公則&ツイストの「あんたのバラード」そして次が八神純子の「さよならの言葉」、さらに 柴田まゆみの「白いページの中に」と続くのでした。 失恋をして酒をあおりながら泣いてばかりでしたが、こんな素敵な曲を聴きながら暮らしていたのですから、今から思えば私の人生の中では幸せな時期だったのかもしれませんね…。 初めての赤ちゃんを産むおまえ、もちろん幸せだよね。不安は彼が全部引き受けてくれるはずだ。嫁いだばかりのあなた、幸せなのでしょうね。 ...出典:ツゥさん
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ブログを徘徊していましたら珍しく花火の記事がありました。冬の花火も綺麗ですね。太宰治に「冬の花火」という題の戯曲があったなあと思い出しました。内容はとうに忘れてしましましたが…。それからもう一つ思い出したのがこの曲です。 「冬の花火はおもいで花火」(作詞/作曲:天野滋)は1978(昭和58)年に発売されたNSPの14枚目のシングルです。あの年の冬はとても寒かったです。辛かったです。君は「死んでもあなたのことは忘れません」と言ってくれましたね。あの時一緒に見た花火は今でも覚えていますよ。 今年もまたこんな暗く悲しい曲を聴いて涙しています。涙腺はますます緩んでいくようです。 この記事は、2013 花火の祭典「冬」について書いています。出典:ツゥさん
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いよいよ明日は足利花火大会です。天気が心配です。どうも雨のイメージが強いのです。何度かずぶぬれになったことがあります。何とかできるとイイですね。私はというとおそらく行かないと思います。とにかく人混みが嫌いなのです。一緒に行ってくれる浴衣美人もいないしね。 「線香花火」(作詞/作曲:さだまさし)は、1976(昭和51)年に発売されました。さだまさしのソロ・デビュー曲です。 根暗の私はグレープのファンでした。彼らが解散したのはとても残念でした。解散してから約半年後にさだまさしがソロで歌い始めたのはとても嬉しかったです。あまり売れはしませんでしたが私にとっては思い出深い曲です。 学生時代に下宿していたアパート近くの坂を彼女を自転車に乗せていたときに口ずさんだのがこの歌です。カシオペアや白鳥座などの星の知識などなかったのに… NSPの「線香花火」(作詞/作曲:天野滋)も1976(昭和51)年に発売されています。この曲には特別な思いではないのですが、聴くたびに切なくなってしまいます。さだまさしのが11月発売で、NSPのものが8月発売です。同じ頃の歌だなと思っていたのですが、 ...出典:ツゥさん
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昨日までは19日・20日の天気予報は雪でした。今日になって雪の予報がなくなりました。ホッとしました。もう雪はたくさんです。 明日は二十四節気の雨水です。空から降るものが雪から雨に変わる頃です。もう雪とはさようならしましょう。 「さようなら」(作詞/作曲:天野滋)は1973(昭和48)年に発売されたNSPのデビュー曲です。レコードは買いませんでしたが、深夜放送のラジオでよく聴いていました。”さよなら”が繰り返される暗い唄でしたが好きでした。 「ツゥさんと過ごした時間は楽しかったわ。」君の最後の言葉でした。 「ありがとう。」今考えると僕の言葉はやっぱり変です。 さようなら さようなら さようなら さようなら さようなら さようなら さようなら さようなら さようなら さようなら……出典:ツゥさん
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最近、絵画やデザインの話しをする機会が何回かありました。門外漢の私は黙って聴くだけでしたが…。 現代美術作家であるテッペイ君が褒めていたこの絵を、皆さんはどう思いますか?道路わきの側溝の中に咲いていた花を描いたものです。若い女性の絵だそうです。絵画としての良さはわかりませんが、魅かれるものがありました。花が描かれているのですから華やかさはあるのですが、暗い絵です。若い女性が長い時間側溝の中を覗きこみながら絵を描いている姿を想像するとたまらない気持ちになりました。 この絵を見ていたら頭の中でこの曲が流れてきました。 「コンクリートの壁にはさまれて」(作詞/作曲:天野滋)は1974年に発売されたNSPの曲です。NSPといえば根暗な曲が多いのですが、この曲も暗いですね。ただ、前奏や間奏にエレキギターがあります。これを弾いていたのは若き日のChar(チャー)なのです。この曲はもともともっとテンポが遅く暗かったのですが、天野君からディープ・パープル風にして欲しいと言われたのだそうです。ハードロック風にアレンジしてもまだ暗いのですから、天野滋さんは凄いですね♪ デザインの話の ...出典:ツゥさん
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今日は立春です。暦の上では春です。とは言っても寒い一日でした。寒い冬が嫌いな私です。外に出るのがおっくうです。部屋の中でお酒を呑みながら、昔おつきあいした女性のことを考えたりしてしまいます。それはそれで楽しかったりするのですが、やっぱりあなたとお出かけしたいものです。早く本格的な春になってほしいと思っています。 「春はもうすぐ」は1974(昭和49)年に発売されたNSPのサードアルバム「NSP Ⅲ ひとやすみ」に収録されています。彼らの代表曲「夕暮れ時はさびしそう」や「かげふみ」「雪どけ水はつめたくて」などが聴ける名盤です。このアルバムでNSPにはまりました。 来週月曜日は関東はまた雪の予報です。まだまだ寒い日はあるのでしょうね。でも間違いなく春はもうすぐそこに……。出典:ツゥさん
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足利は昨日は朝から雨でした。風も冷たく、寒い一日でした。栃木県内では雪の所もありました。お隣佐野市でも雪が降ったと同僚が言っていました。3月(弥生)も終わろうとしているのに、また冬に戻ってしまったようでした。 東京では21日に桜の開花宣言がありました。足利でも場所によっては開花していますが、ここ2日の寒さによって足踏みしているようです。 ちょっと良いこともありました。年度末の仕事が何とか終わりました。ということで夜は「まるや」さんに呑みに行きました。今週はちょっとのんびりできそうです。桜を見る余裕もありそうです。もちろん年度初めの準備はしなくてはいけませんが…。 「弥生つめたい風」(作詞/作曲:天野滋)は、1977(昭和52)年に発売されたNSPの10枚目のシングルです。8枚目のアルバム『明日によせて』にも収録されています。 桜の時期が来ると必ず聴きたくなる曲です。昨年亡くなった富山のみん友さんも好きな曲で、この時期に毎年のようにブログで紹介していました。黒豆先輩、今年は私が紹介しますね…。 NSPを聴いていると暗い気分になってしまいます。まあ、それが好きなんで ...出典:ツゥさん
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今日の温泉ドライブは「行田・湯本天然温泉 茂美の湯」でした。午後は所用があったので10時前に温泉に浸かりました。湯客は少なくのんびりと浸かることが出来ました。露天風呂も気持ちよかったです。ところが温泉をでて車に戻るととても暑いです。温度計を見ると30度を超えています。汗が出ました。 エアコンをかけて快適になりました。足利に戻り昼食です。「足利麺 鹿島店」に行きました。以前は「ペコペコ 鹿島店」という名前でした。「足利麺」はひもかわラーメンが有名です。それを食べようと思ったのですが、メニューを見て頼んだのは担々麺でした。冷房が効いていたからです。しかし、食べ終わったときには汗が噴き出ました。藤井聡太君の勝負飯と同じで冷やし中華にすれば良かった。 「あせ」(作詞/作曲:天野滋)は、1973(昭和48)年に発売されたNSPの2枚目のシングルです。デビュー曲は「さようなら」ですが、この曲は高専在学中に第5回ヤマハポピュラーソングコンテストで、グランプリではありませんが、ニッポン放送賞を受賞しデビューのきっかけとなったのでした。まだ若いですね。曲もそれほど暗くありません。 将棋 ...出典:ツゥさん
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今日の足利は朝から晴れていました。秋晴れです。日中は気温が上がり暑く感じました。風が少し強かったのですが、真夏の熱風ではなく、秋の風で心地よく感じました。 日が落ちると気温も下がり、まさしく秋という感じになりました。昼間は半袖で過ごしたのですが、夜になると長袖がほしくなりました。そういえば、風の向きも昼とは変わったようでしたが、今はどちらから吹いているのでしょうか? 「北北東の風」(作詞/作曲:天野滋)は、1977(昭和52)年に発売されたNSPの12枚目のシングルです。人の縁の不思議さが歌われた曲で、天野さんの人柄が感じられる歌ですね。リコーダーの音が切ないです。 君と出会って別れたこともなんかの縁だったのでしょうか。でも、あの時は君と別れるなんて考えもしませんでした…。出典:ツゥさん
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8月も中旬となりました。皆さんは夏休み、お盆休みでしょうか。私は毎日が休みですのであまり関係ありませんが、お盆の準備をして過ごします。 テレビでは1985(昭和60)年の日航ジャンボ機墜落事故のニュースが放送されていました。もうあれから33年が経ってしまったのですね。乗客の中には歌手の坂本九さんもいました。このブログでは「心の瞳」などを紹介しています。 九ちゃんの曲を口ずさみながら事故のあった御巣鷹(おすたか)の尾根がある上野村の方角の空を見ているとこんな歌も思い出しました。 「八月の空へ翔べ」(作詞:天野滋 作曲:平賀和人)は1978(昭和53)年に発売されたNSPの8枚目のアルバム『八月の空へ翔べ』に収録されています。このアルバムには「八十八夜」や「歌は世につれ」といった好きな曲もありますが購入はしていません。NSPの曲は若い頃は主にラジオで聴いていました。 NSPの曲は暗く悲しい歌が多いのですが、この曲はどちらかというと爽やかです。でも歌詞を味わいながら聴くとやっぱり涙が出てきます。1978年は青春の真っ只中でした。あの頃のいろいろな出来事が思い出されます。も ...出典:ツゥさん
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訃報ブログです。 今朝、目が覚めてすぐにネットのニュースを見ると「NSPの中村貴之さん死去 68歳」とありました。どこかの会社の偉い人かなと思ったのですが、あらためて見ると「NSPの中村さん」が理解できました。でも「まさか!」と思いました。早い!早すぎるよ! その後ずっとNSPを聴いています。このブログでは「雨は似合わない」「面影橋」「八十八夜」「線香花火」「冬の花火はおもいで花火」「さようなら」「コンクリートの壁にはさまれて」「春はもうすぐ」「弥生冷たい風」「あせ」「北北東の風」「八月の空へ翔べ」を紹介しています。 私が初めてNSPを聴いたのは高校時代でした。友人の家で「夕暮れ時はさびしそう」を聴いてすぐにファンになりました。おそらくアルバム『NSP III ひとやすみ』だと思うのですがすぐにダビングしてもらいました。 「そんな季節に口づけを」(作詞:天野滋 作曲:中村貴之・天野滋)は、1979(昭和54)年に発売されたNSPの12枚目のアルバム「風の旋律」に収録されています。NSPのファンと言いましたがアルバムを買い続けたり、コンサートに行ったりするコアなファン ...出典:ツゥさん
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皆さん、こんにちは。足利朝から曇っています。いつ雨が降るのだろう、いや雪が降るのだろうと音楽を聴きながら窓の外を眺めていました。お昼過ぎにぱらぱらと雨が降ったのですが、お日様がちょっと顔を出すなど変な天気ですが、今は曇り空で覆われています。 こんな日は感傷的な気分になって暗い曲が聴きたくなります。ふきのとうやNSPを聴いていました。紹介するのはこの曲です♪ 「愛のナイフ」(作詞:天野滋 作曲:細坪基佳、補作曲:天野滋)は1979年(昭和54)年発売されたNSPの17枚目のシングルです。 この曲を初めて聴いたのは学生時代最後の冬でした。2月には逃げるように稲毛の下宿を出て足利に帰りました。君が僕の下宿に来ることは考えられなくなりました。逆に僕がふらふらと君の下宿に行き、窓をたたきたいという衝動に駆られることを恐れたからです。 天野さん、あの時はこんな歌は二度と聴くまいと思っていました。それなのにこんなおやじになってもあなたの歌を繰り返し聴いてしまうのです。そして涙するのです…。 この曲はふきのとうの細坪基佳さんと天野滋さんの合作です。細坪さんのソロデビューアルバ ...出典:ツゥさん
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皆さん、こんにちは。 足利は朝方まで雨が降っていましたが、朝8時頃には雨が止んで、9時くらいには青空が広がりました。秋晴れとなったので10時くらいに買い物をかねてコンビニまで散歩してきました。気持ちよかったです。 音楽ブログです。さわやかな秋晴れなのに天邪鬼の私はN.S.Pが聴きたくなってしまいました。N.S.Pというよりは天野さんの声が聴きたくなったのです♪ 「歌は世につれ」(作詞/作曲:天野滋)は。1976(昭和51)年に発売された天野滋のソロアルバム『あまのしげる』に収録されています。その後1978(昭和53)に発売されたN.S.Pの8枚目のアルバム『八月の空へ翔べ』にも収録されました。どちらも購入していません。天野さんがソロ活動していたのは知っていましたが、『あまのしげる』というアルバムは知りません。この曲はN.S.Pの曲だと思っています。 この曲を聴くとすぐに学生時代に戻れます。学内には立て看板がありマイクを持って声を上げる学生がまだいました。私は遅れてきた青年でノンポリでしたのでデモに参加したこともないし、中島みゆきが歌う「世情」にあるようなシュプレヒコ ...出典:ツゥさん
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