義仲寺(大津市)
木曽義仲と松尾芭蕉が眠る義仲寺
2006年02月23日
義仲寺は、山号は朝日山、天台宗系の寺院です。
義仲寺の名は木曽義仲を葬った塚のあるところからきています。
愛妾であった巴御前が義仲の墓所近くに草庵を結び、「われは名も無き女性」と称し、日々供養したことにはじまると伝えられる。寺は別名、巴寺、無名庵、木曽塚、木曽寺、また義仲寺と呼ばれたという記述が、すでに鎌倉時代後期の文書にみられるといいます。
戦国時代に荒廃しましtが、天文22(1553)年頃には近江守護の佐々木六角氏の六角義賢によって再興されました。
また、この頃は石山寺の配下となっていました。江戸時代になり再び荒廃していたところ、貞享年間(1684年〜1688年)に浄土宗の僧・松寿により、皆に呼び掛けて義仲の塚の上に新たに宝篋印塔の義仲の墓を建立し、小庵も建立して義仲庵と名付けて再建が行われ、園城寺の子院・光浄院に属するようになりました。元禄5(1692)年には寺名を義仲寺に改めています。
門を入ると左奥に、俳聖松尾芭蕉の墓と並んで、木曽義仲の供養塔が立っています。
俳人松尾芭蕉はこの寺と湖南の人びとを愛し、たびたび滞在し無名庵で句会も盛んに行われました。大坂で亡くなった芭蕉は、「骸(から)は木曽塚に送るべし」との遺志により元禄7年(1694年)10月、義仲の墓の横に葬られました。
「木曽殿と背中合わせの寒さかな」という著名な句は、芭蕉の門人・又玄(ゆうげん)の作です。
境内にはこの句をはじめ、芭蕉の辞世の句「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」など多くの句碑があります。
また、巴御前を弔うために祀ったといわれる巴地蔵堂もあります。また、伊藤若冲の描いた天井画15枚12種類が翁堂にあります。
昭和42(1967)年11月に国指定の史跡となりました。
拝観時間
3月〜10月 9:00から17:00
11月〜2月 9:00から16:00
拝観料 大人300円、中学生150円、小学生100円
H13.6.30
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R4.10.15(写真差し替え)
住所: 滋賀県大津市馬場1-5-12
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