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2020/04/30

F1日本GPの歴史 Vol.10【1995年パシフィック編】

過去のF1日本グランプリを振り返るシリーズ『F1日本GPの歴史』は第10弾・・・前回はD・ヒルが亡き同僚セナに捧げるVを飾った94年鈴鹿でのレースをレポートしました(^.^)
この年最終戦でチャンピオン争いが決着・・・ヒルと接触し、共にリタイアという形でシューマッハが栄冠を獲得した展開でした!






<これまでの日本グランプリ>
76&77年(in JAPAN)   1987年   1988年   1989年   1990年   1991年   1992年   93年   94年Pacific   94年鈴鹿







95年のF1は前年の事故多発に対処するためエンジン排気量ダウン(3.5L→3.0L)、ステップド・ボトム採用(ダウンフォース低下)、ドライバー保護対策(コクピット周辺の寸法改善や耐衝撃強度UP)を実施・・・ベネトン&ウィルアムズの2強体制が継続、フェラーリも復調した1年でした( ..)φメモメモ








前年に引き続きTIサーキットで開催となったパシフィックグランプリですが阪神淡路大震災の影響で94年の第2戦から鈴鹿の前週となる第15戦に・・・タイトル争いはシューマッハがヒルをリードし、ほぼチャンピオン確定状況でのパシフィックGPを迎えたのです!








迎えた予選はD・クルサードが同僚ヒルに0.200秒差でポールポジションを獲得し、シューマッハは僅差で3位・・・13位鈴木亜久里(リジェ無限)、17位片山右京(ティレルヤマハ)、20位井上隆智穂(フットワークハート)という結果でした(#^.^#)









レースはクルサードトップのまま、シューマッハがヒルに仕掛けて開いたインをついてJ・アレジ(フェラーリ)が2位に浮上・・・3位ヒル、4位ベルガー、5位シューマッハでレースが進みます!








14周目まではクルサード(2ストップ戦略)の独走状態が続くものの、シューマッハが3ストップ戦略を取り、ピットストップの度にフレッシュタイヤで差をどんどん詰めていく・・・








49周目にクルサードがピットインし、シューマッハがトップに・・・その後はクルサードが周回遅れの渋滞にはまったこともあって3回目のピットストップを終えたシューマッハは独走の状態でコース復帰!







独走状態を続けたシューマッハはクルサードに14.920秒差をつけてトップチェッカー、以下3位ヒル、4位ベルガー、5位アレジ、14位片山右京、鈴木亜久里・井上隆智穂はリタイアという結果でした( ̄▽ ̄)








残り2戦を残し、シューマッハがドライバーズタイトルを獲得・・・15線で8勝目と圧倒的な強さをみせ、次戦の鈴鹿へ続きます(^_-)-☆
Posted at 2020/04/30 07:42:29

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