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まとめ記事(コンテンツ)
2019/10/12
ジュニアスポーツ車の歴史(黎明期編)
さて、今回の話題は前にもちょっと触れたことがありますが、現在45~62,3歳くらいのおっさん達を熱くさせた、ジュニアスポーツ車です。
※ジュニアスポーツ車とは、小学校高学年~中学生をターゲットにしたスポーツ自転車のことです。
ところで、最近シーケンシャルウインカー(おっさん的には流れるウインカー)が流行っているようですが、あるサイトに「元祖はアウディだ」とドヤ顔で書かれていました・・・

↑ でも、流れるウインカーといえば、コレ(他にブルクーペにもOPあり)※元祖はアメ車
で、なぜ流れるウインカーを紹介したかというと、今から50年ほど前のジュニアスポーツ車にも、この流れるウインカー、つまりフラッシャーが設定されていたからです。
フラッシャー付きモデルを最初に発売したのは、FUJIブランドでお馴染みの「日米富士自転車」で、時期的には昭和43年頃らしいのですが、私の生まれる前の話であり、どのモデルかは特定できませんでした。
また、意外にも当初は「フジフラッシャーシリーズ」として、高校生以上のヤング向けスポーツ車にも商品展開していたようなのです。

これをジュニアスポーツ車に展開したところ、車にあこがれていた当時の少年たちにバカ受けとなりました。
そして、昭和44年以降、各社が入り乱れてのフラッシャー大戦争が勃発します(ジュニアスポーツ車の第一次ブーム)
今回取り上げるメーカーは、明治35年創業の日本が世界に誇るミヤタ(宮田工業)です。
ミヤタは昭和40年に「サンライズ」というドロップハンドルのスポーツ車を発売しますが、これが受けたので、昭和42年に同じ26インチながらフレームを低くした少年向けスポーツ車である「サリー」シリーズを発売します。

↑ おそらく最初期のモデル 少年軽快スポーツ車というのが時代を感じさせる
21千円という当時の価格ですが、昭和42年当時と今の物価を比較すると、国鉄初乗りが20円で1/7、大卒初任給が26,200円&サラリーマンの平均年収が531,800円でそれぞれ1/8、はがきが7円で1/9、パート時給に至っては70円で1/14でしたので、今でいえば少なくとも15万~でしょうか・・・
新しいカローラの最上級モデルが約300万で、昨今は「車が高すぎる」と言われますが、当時のサニーの最上級モデル(2ドアデラックス)が46万円でしたから、これも今でいえば320万~になります。
(車が高くなったのではなく、日本人の平均所得が減って昔に戻った?)

↑ こちらはサリーの前年に発売されたサニー

↑ そして、同じく前年にTV放送が始まった魔法使いサリー(笑)
さて、再び自転車に話を戻しますが、ミヤタは当初はフラッシャーなどがついた虚飾自転車にはやや懐疑的だったようで、昭和45年、それとは別にオイルディスクブレーキや世界初の(自転車用)GTラジアルタイヤなど、機能性を高めたモデルを大々的に発売しました。


↑ 昭和45年モデル

↑ こちらは販促資料 右上に45.6(昭和45年6月)とあります
Posted at 2019/10/12 09:01:08
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