まとめ記事(コンテンツ)

2016/08/28

けいよん! 04:Corner 「どいつもこいつも!」

けいよん! 03:Corner「彼女たちが水着に着替えたら」の三ヶ月前、女子高生の鈴木千野は免許もクルマも持っていなかった……。




「オトコなんて!」
思わず心のひだに貼り付いてた毒が溢れだし、無意識裡に唇から吐き出される。
ずっと憧れていた先輩は二股三股掛けてただのくだらない性欲大魔王だったし、幼なじみのメガネ男子がテストで山を張ってくれた所は全部外れてるし、体育の水泳で溺れかけて水中で綺麗なお花畑が見えてきて死んだおじいちゃんが川の向こうで「こっちにおいで……」って呼んでるのに同級生の男共はゲラゲラ笑っているし、父親はエゴ丸出しで離婚をして愛人と家を出ていくし、とにかく最悪な一日を送った鈴木千野はちょっと自暴自棄になっていた。







「どいつもこいつも………。オトコってホントにサイテー…」
いつもニコニコしてて優しそうに見えるちょっと天然な女子でもキレる事はある。








こんな時は嫌味なくらい蒼い空でも見ながらタバコを吹かして、自動販売機で缶酎ハイでも買って歩きながら飲み、ゴミ箱を蹴り倒したい衝動に駆られるが、タバコも酒もヤッた事もないのでただ呆然と川の向こうの景色を見ている。

「何処か行きたい………、ココではない何処かに………」








空と川を見て「私の悩みなんてちっぽけなものだ……」などとは全く思えないので、ダンボール箱に捨てられた仔猫にいつものように会いに行く。








家で猫が飼えない鈴木千野は毎日学校の帰りにこの仔猫のご飯を人にあげるのが日課になっていた。
地域猫にむやみにご飯を与えてはならないと頭で解っていても、心が理解出来ないのでお小遣いを削ってそうしてしる。
人間はいつも矛盾と不条理の中で生きているのだ。
仔猫に千野の好きな作家のフランツ・カフカから拝借した「カフ」という名を勝手につけ可愛いがってると、いつもピンク色の軽のオープンカーが川沿いの道を快音をたてて走り去っていく。







「きっと気持ち良いんだろうな………」
猫の「カフ」を撫でながら独り言が思わず外部に漏れていた。

「ああ、ハートで走ればね。だけど気持ちがシンクロしないと気持ち良くは走れないよ……」
ハッと気がつくと顔がちょっと怖そうな二十代の女性が立っている。







「そ、そうなんですか?」

怖そうな女性は「アンタがその仔猫にご飯あげてたんだ?」と千野に尋ねた。

「あっ、はい……」
ヤバい、ネコにエサなんかあげてるって言ったらいけなかったんだ……。この辺にネコが繁殖するのは私のせいだと思われる……。

「ふーん…………………………………………………………
乗ってみるかい、クルマに?借り物のイチゴーだけど…」

「えっ?イチゴ??……………ですか?」

「乗ったら、気持ち良いかどうか解るよ。自分のココロで判断しな!」
と半ば強引にS15シルビアに押し込められた。







乗り降りするのにスカートが気になるスポーツカーはお世辞にも乗り心地が良いとは言えないし、気の強そうな女性の運転は乱暴でタイヤが「キーキー」いってるし、シフトチェンジの度にガゴッガゴッと頭が前後に振られてちょっとしたロックコンサートみたいになってるし、狭い車内は物が散らばり阿鼻叫喚の地獄画図と化してるが、鈴木千野のココロを何故かドキドキさせる。








まだ高校生なので「吊り橋効果」で大脳皮質にドーパミンが大量に分泌されてドキドキする事をトキメキだと錯覚しているなんて全く気づいてはないし、もしかしたらこれからも気づく事はないかもしれない。




家に帰ってからもあのスポーツカーがちょっと気になっていた。
あんな体験は普通の女子高生は体験する事はないし、刺激が強すぎる。
「凄い爆音だったし……、乗り心地は地獄のようだったし、運転めちゃくちゃだし………………でも………」
そんなちょっと楽しい事を考えてもあの理不尽な「オトコ共」の悪行三昧は許されはしない。
頭にくる事は楽しかった記憶で無かったことには出来はしないのだ。







次の日、千野の憂鬱は解消されないままいつものようにダンボールの仔猫にご飯をあげに行くと「カフ」の姿が何処にも見当たらない。







鉄橋の下、








公園のベンチ、







校庭の裏、


そんなところにいる筈もないが、とにかく懸命に探した。







「こんな事なら親に内緒で何処かで飼ってやれば良かった…………。あの野蛮な運転のお姉さんみたいな人が乗ったクルマになんか跳ねられてなければいいけど………」








心配しながらダンボール箱の中を良く見ると…………







「女子高生へ 『カフ』はあたしが責任持って飼ってやるよ」と汚い字で書かれたメモが無造作に置いてあった。


「あの頬が汚れていたイチゴのお姉さん!?…………………連れて帰ってくれたの??
乱暴な運転はするけど、動物を愛する優しい人だったんだ…………」
千野は何だか心が暖かくなってきた。

「しかし、本当に汚い字ね……………」






ふと川向かい道を見るとのピンクのオープンカーがまたいつものように快音を立てて走っている。

その時に「ピッ!」
とクラクションがなり、オープンカーの女性ドライバーが親指を立てて千野に向かって何故か微笑んでいた。







何かが千野の心の中で確実に弾ける音がする。

「憧れていた性欲大魔王の先輩」も「テストの山を外したメガネ男子」も「溺れかけて見えたデッドラインでの男共のバカ笑い」も「愛人作って家出したダメおやじ」も何だかどうでもいいと思え、意味もなくただ走り出してオープンカーの女性に手を振り大声で叫んだ。







「お〜い!お〜〜い!」

その声は街の雑踏に掻き消されてあの女性ドライバーには聞こえなかったかもしれないが、また何処かで会える「縁」のようなものが紡がれたような気がした。


「…………………………ありがとう」

どうしてあのドライバーが私に微笑んでくれたのか解らないけど、ド派手なピンク色の小さなスポーツカーとド派手なホイールのイチゴーのお姉さんに千野は救われた気がする。

「美都もクルマ買えってうるさいし、買ってみようかな、小さなスポーツカー……」
きっとココではない何処かに行けるに違いない。




その時の千野はピンクのクルマのドライバーが別の野良猫にご飯をあげに来てた「ローズ・ゴースト」とは知らないし、千野がいつもダンボールの猫にご飯をあげていたのを「ローズ・ゴースト」が気にしていた事も知らない。

千野が「ローズ・ゴースト」の事を見ていた時、「ローズ・ゴースト」もまた千野を見ていた。







そして頬にオイルをつけたイチゴーのお姉さんが松田AZUとは知らなかった。
もちろん松田AZUが実はAZ-1乗りでS15が松田AZUの整備工場の社長つまりは本田美都の父親のクルマだなんて思いも寄らなかった。




それらの事が千野を運転免許を取らせて、無理をしてでもスズキ・カプチーノを買う事を決心させたのだった。






Posted at 2016/08/28 19:24:11

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