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2016/09/14

「薔薇色の幽霊」 けいよん! 06:Corner

「ロックで走れば上手くなる!」 けいおん! 05:Cornerの約4カ月後、いつもの大河内峠の六つ目のコーナーで「ローズ・ゴースト」こと恵州むつみの頭の中でパガニーニの「モーゼ幻想曲」が遠い残響のように流れている。
「1/100秒、タイムを縮める……」
クラッシック音楽の美しい調べが心の中に奏でられている時はまだ8割の走りしか出来ていない。







「ゾーン」に入っていないからだ。
ランナーズハイがあるようにドライバーズハイもあり、アドレナリンが脳内に大量分泌され、何人たりとも侵されざるサンクチュアリの如き心の領域が「ゾーン」であり、そこに到達するとS660と恵州むつみはクルマと人との境界が曖昧になり、完全なる融合を果たしたような陶酔感と共に視界も精神もクリアになり、ただ背中からエンジン音とエキゾーストノートと4本のタイヤのスキール音だけが聞こえてくる。








峠で最速になりたかった訳でもないし、ましてや「ローズ・ゴースト」なんて異名を持つ事になるなんて思いもよらなかった。
ただひたすら恵洲むつみはストイックにラインを攻めているだけだ。







ギリッ!
奥歯を噛み締める音が車内に響く。
1ミリでも自分の理想のイメージに近い運転を求め、ヒリヒリするような緊張感をひたすら追い求めていた。
「芸術的」なドライビングというよりはパガニーニのバイオリンのごとき「破壊」と「創造」的なそれを目指していたが、やはりセオリー通り走らないとタイムは縮まらない。
「破壊的」という事は既成のモノをただブチ壊す事ではないし、「創造的」であるという事は常に新しいものを生み出す事ではないと恵州むつみは知らないし、未知は知る喜びを満ち溢れている事をまだ解っていない。







「私は親に敷かれたレールの上なんか走らない!自分の進むべき道は自分で決めるわ‼︎」
むつみは自身が熱中出来るワインディングロードが「自主的に選んだ人生の道」のシンボルだと信じている。







拝金主義な両親のことが嫌いだし、ましてや親に決められた人生なんてまっぴらだし、親に言われて通ってるお嬢様学校も苦痛でたまらないし、金持ちの女子生徒達の高級グルメ自慢のたわいもない会話に対しては憎悪すら覚えている。

今日もクラスメートが「帰りにカフェに行かない?ミルクレープが美味しい店が出来たんだって」と誘われたが、







「ミルクレープ? 何、それ??私、今日峠に行く日だから行けないわ。走る前は飲食しないの。体重を1gでも増やしたくないし、グラム単位で重量削っている私のS660に重量化は許されないの。また、誘って」と一刀両断した。
当然の帰結としてクラスでは孤立するが、しがらみがない分むつみにとっては楽なのだ。






誰かと繋がりたいとかまるで思っていないので上っ面な友達も必要ない。
いつか誰かと解りあえる日が来るかもしれないという予感を孕んで何年経ったかももう忘れてしまった。


先日海を行きたくなってフラッと一人でS660を走らせた。
暖かい海はまるで羊水のようにむつみを包んでくれ普段は顕在化しない無意識の欲望を充してくれる。

陸に上がると生まれ替わったような気にさせてくれるから海が大好きだ。









「そういえばあの時、ひよこのカタチ(被り物?)をしたヘンテコなおじさんがビッチビチのビキニパンツを履いていたけど、一体何だったんだろう、あの人……」







ドライビングに集中できない時は頭に色々な事が浮かんでくる。
「頭の中にノイズが多いわね、今日……。こんな時は『ゾーン』にはイケない……」







そんな恵州むつみの前に激遅のスズキ・カプチーノが道を塞いだ。
「嗚呼、やっぱり………。今日は晴れてて路面コンディションも良いのにこういう邪魔が入る………」
むつみは一気にテンションが下がる。







「遅い……遅すぎる………。何?あの滅茶苦茶なライン取り……。えっ?何??ファースト・イン ・スローアウト???」
こんな時は近寄らないに越した事はないのだが、どんな人間が運転しているのか見たくなってきた。

よく見ると女子高生が二人でカプチーノにフルオープンで乗っている。

「初心者………。他校の制服ね。ま、私も初心者なんだけど……。今日はここら辺で帰ろっかな?」と思ったその時だ。

峠の三叉路の手前で彼女たちもオープンにしていて、後ろのむつみもフルオープンに関わらず、ビュ〜ッとカプチーノのワイパーが動き出し始める。







大切なピカピカなピンクS660にウォッシャー液を容赦なくぶっかけられた!







しかもあの女子高生共は笑ってやがる。
そしてカプチーノは何事もなく左折していった。
「………あ〜のドシロウト女子高生‼︎ ウィンカーとワイパーを間違えたわね〜‼︎!」

ぴよ八先生にウォッシャー攻撃を教わるまでもなく鈴木千野と本田美都は「ローズ・ゴースト」の顔面にウオッシャー・シャワーを浴びせていたのだった。







「なんなのよ、あのヘラヘラした女子校生共は………」
あんなヤツらとは絶対に友達になれないし、あんなヤツらとは絶対に一緒に走らないとビショビショの「ローズ・ゴースト」は心に誓った。


つづく


Posted at 2016/09/14 18:59:08

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