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まとめ記事
御朱印放浪記(京都府)
ぎるでぃさん
2018/12/02
1,675
御朱印を(文字制限が
2017年6/11三室戸寺・醍醐寺
2018年10/13清水寺・京都霊山護国神社・高台寺・八坂神社・建仁寺・豊国神社・観音寺・東福寺・六波羅蜜寺・ゑびす神社・平安神宮・南禅寺・慈照寺(銀閣寺)・六角堂・晴明神社
10月14日上賀茂神社・下鴨神社・革堂・鹿苑寺(金閣寺)・大徳寺・今宮神社・建勲神社・龍安寺・仁和寺・本能寺
10/15北野天満宮・松尾大社・梅宮大社・野宮神社・車折神社・妙心寺・東寺・伏見稲荷大社・三十三間堂
2019年4/6平等院・宇治神社・宇治上神社・縣神社・御香宮神社・城南宮・善峯寺・出雲大神宮・穴太寺
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東大寺の次には 三室戸寺(みむろとじ)へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 三室戸寺(みむろとじ)[1] は、京都府宇治市にある寺院。山号は明星山。本尊は千手観音。西国三十三所第10番札所。本山修験宗の別格本山。 ・・・ ということで・・ 西国の第10番札所です さてこちらから境内へ 参道をとぼとぼと歩いていますと 右側に何やら華やかそうな庭園が ツツジとアジサイが沢山あるようですけれども・・ まぁ・・とりあえず(ワタシ相変わらず落ち着かないなぁ・・) こちらの本堂でお参りをしまして 記帳していただきました 何時かあるかもしれない勝負に勝つためにこちらで勝運を♪(ワタシの実力は運しかないからねぇ・・出典:ぎるでぃさん
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三室戸寺の次には 醍醐寺(だいごじ)へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 醍醐寺(だいごじ)は、京都府京都市伏見区醍醐東大路町にある、真言宗醍醐派総本山の寺院。山号を醍醐山(深雪山とも)と称する。本尊は薬師如来、開基(創立者)は理源大師聖宝である。古都京都の文化財として世界遺産に登録されている。伏見区東方に広がる醍醐山(笠取山)に200万坪以上の広大な境内をもつ寺院である。豊臣秀吉による「醍醐の花見」の行われた地としても知られている。 ・・・ となっていまして 花見の季節には・・・見てみたい気もしますが 今回は既に桜は・・なく さて・・こちらの 山の上の方に鎮座しています上醍醐に西国三十三所第11番札所があって 西国一険しい札所ということで・・覚悟を決めなくてはならないところでもあるところでしたのですが ・・・・火災にあったらしく 今回は下醍醐の方の観音堂で記帳していただけるとのことでしたので こちらでお参りをしまして記帳していただきました 弁天堂 とりあえず五重塔でも写真に(普段五重塔を見られないからなのか あこがれちゃうなぁ・・) ...出典:ぎるでぃさん
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10月13日 ちょこっと三連休がありまして ふと西国観音霊場の続きを巡ってみたくなり 京都へと夜行バスで行ってみたのですが 実際到着したのは早着の朝六時・・ 観音霊場の順番的には次の霊場は 15番の今熊野観音寺なのですが・・・ せっかく朝早めについたので朝の比較的すいているうちに (昼には多分混むと思う)清水寺に(かなり悩んだ末)先に行ってみることに というわけで早速清水寺へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 清水寺は法相宗(南都六宗の一)系の寺院で、広隆寺、鞍馬寺とともに、平安京遷都以前からの歴史をもつ、京都では数少ない寺院の1つである。また、石山寺(滋賀県大津市)、長谷寺(奈良県桜井市)などと並び、日本でも有数の観音霊場であり、鹿苑寺(金閣寺)、嵐山などと並ぶ京都市内でも有数の観光地として有名であり、季節を問わず多くの参詣者が訪れる。また、修学旅行で多くの学生が訪れる。古都京都の文化財としてユネスコ世界遺産に登録されている。 清水寺の宗旨は、当初は法相宗で、平安時代中期からは真言宗を兼宗していた。明治時代初期に一時真言宗醍醐派に属するが、明治1 ...出典:ぎるでぃさん
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10月13日 清水寺の次に 京都の護国神社の 京都霊山護国神社(きょうとりょうぜんごこくじんじゃ) へと行ってみました こちらはすぐ近くにありますので徒歩で移動をば こちらの方からとぼとぼと さていつものようにうぃきによりますと ・・・ 1862年(文久2年)、時衆霊山派の正法寺の朱印地のなかの神道葬祭場霊明社[1]において有志者による神葬祭が行われた。祭神は菊理媛神・速玉男命・事解男命の3神(他に相殿3神)。 1868年6月29日(慶応4年5月10日)、明治天皇から維新を目前にして倒れた志士たち(天誅組など)の御霊を奉祀するために、京都・東山の霊山の佳域社を創建せよとの詔・御沙汰が発せられた。それに感激した京都の公家や山口・高知・福井・鳥取・熊本などの諸藩が相計らい京都の霊山の山頂にそれぞれの祠宇を建立したのが神社創建のはじまりであり、招魂社である。靖国神社より古い歴史を持つ。 ・・・ となっていまして・・すこしばかし他の護国神社より早くはじまっていて他の護国神社とは趣(幕末っぽい)が違う印象 祭神の中には京都で暗殺された坂本龍馬も含まれており、境内に銅像が ...出典:ぎるでぃさん
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10月13日 京都霊山護国神社の次に 鷲峰山高台寺へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 高台寺、髙臺寺(こうだいじ)は京都府京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院。山号は鷲峰山(じゅぶさん)、寺号は詳しくは高台寿聖禅寺と称する。豊臣秀吉の正室である北政所(高台院)が秀吉の冥福を祈るため建立した寺院であり、寺号は北政所の落飾(仏門に入る)後の院号である高台院にちなむ。釈迦如来を本尊とする禅宗寺院であるとともに、秀吉と北政所を祀る霊廟としての性格をもった寺院である。 霊屋(おたまや)の堂内装飾には桃山様式の蒔絵が用いられ、これを「高台寺蒔絵」と呼ぶ。他に北政所所持と伝えられる蒔絵調度類を多数蔵することから「蒔絵の寺」の通称がある。 ・・・ となっていまして 太閤秀吉様と北政所様のゆかりのお寺でありまして 大体太閤様の大河ドラマの最終回のイメージがあったりもしたりしますが 京都に行ったら一度は行ってみたいなと思っていたところの一つでしたので すぐ近くですので歩いて訪問してみました でゎさっそく入口へ・・ (玄関の中には夢の筆が) 残念ながら ...出典:ぎるでぃさん
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10月13日 高台寺の次に 八坂神社へと行ってみました(徒歩移動 こちらはうぃきによりますと ・・・ 八坂神社(やさかじんじゃ)は、京都府京都市東山区祇園町北側にある神社。二十二社(下八社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。 全国にある八坂神社や素戔嗚尊を祭神とする関連神社(約2,300社)の総本社である主張をしている。通称として祇園さんとも呼ばれる。7月の祇園祭(祇園会)で知られる。 ・・・ となっていまして・・ こちらも素通りできない有名どころです さて 高台寺からですと位置的にこちらの南楼門から境内に行きましたけれども せっかくですので こちらの 西楼門も眺めてみまして 提灯が沢山あります舞殿を拝んでから こちらの本殿で参拝をしまして 無事記帳していただきました そして祇園の文字にも魅かれて 御朱印帳を。。(だってかっこいいし・・出典:ぎるでぃさん
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10月13日 八坂神社の次に 結構駐輪場から離れてきちゃったので一旦清水寺近くの駐輪場まで戻って 電動アッシー君での移動に切り替えて 建仁寺へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 建仁寺(けんにんじ)は、京都府京都市東山区にある臨済宗建仁寺派大本山の寺院。山号を東山(とうざん)と号する。本尊は釈迦如来、開基(創立者)は源頼家、開山は栄西である。 京都五山の第3位に列せられている。俵屋宗達の「風神雷神図」、海北友松の襖絵などの文化財を豊富に伝える。山内の塔頭としては、桃山時代の池泉回遊式庭園で有名であり、貴重な古籍や、漢籍・朝鮮本などの文化財も多数所蔵していることで知られる両足院などが見られる。また、豊臣秀吉を祀る高台寺や、「八坂の塔」のある法観寺は建仁寺の末寺である。寺号は「けんにんじ」と読むが、地元では「けんねんさん」の名で親しまれている。なお、しばしば日本最初の禅寺と言われるが、これは間違いで博多の聖福寺が最初の禅寺である。 ・・・ となっていまして・・ 近くですし先ほど行った高台寺とも関係のあるお寺ですしでちょこっと行ってみました でゎさっそ ...出典:ぎるでぃさん
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10月13日 建仁寺の次に一旦南下しまして 豊国神社へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 豊国神社(とよくにじんじゃ)は、京都市東山区に鎮座する神社。神号「豊国大明神」を下賜された豊臣秀吉を祀る。豊臣家滅亡とともに徳川家の命により廃絶となったが、のちに明治天皇の勅命により再興された。 主祭神の居城があった大阪市の大阪城公園(中央区)や滋賀県長浜市のほか、出身地の名古屋市中村区などにも豊臣秀吉を祀る豊国神社が存在している ・・・ となっていまして こちらから境内へ 手水舎 こちらの唐門で参拝をしまして 奥の方が拝殿らしいです 無事記帳していただきました出典:ぎるでぃさん
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10月13日 豊国神社の次に 観音寺(かんのんじ)へと行ってみました 本来は清水寺よりもこちらを先に訪問しておいた方が 札所の番号順になってブログ順的にはすっきり気分になったかもですが^^; (・・・まぁ・・・需要もないから気にする必要もないのですがね こちらはうぃきによりますと ・・・ 観音寺(かんのんじ)は、京都市東山区泉涌寺山内にある真言宗泉涌寺派の寺院。泉涌寺の塔頭のひとつで、今熊野観音寺(いまくまのかんのんじ)とも称される。山号は新那智山。本尊は十一面観音(秘仏)。西国三十三所第十五番札所、神仏霊場巡拝の道(神仏霊場会)百二十二番(京都四十二番)霊場、ぼけ封じ・近畿十楽観音霊場第一番札所、洛陽三十三所観音霊場第十九番札所、泉山七福神巡り3番(えびす神)札所。 ・・・ となっていまして・・ 西国三十三所15番 神仏霊場会122番(京都42番) 近畿十楽観音1番 洛陽三十三観音19番 泉山七福神巡り(えびす) です さてこちらから・・境内へ とぼとぼと・・ こちらの本堂でお参りをしまして 無事記帳していただきました出典:ぎるでぃさん
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10月13日 観音寺の次に 東福寺へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 東福寺(とうふくじ)は、京都市東山区本町十五丁目にある臨済宗東福寺派大本山の寺院である。山号を慧日山(えにちさん)と号する。本尊は釈迦如来、開基(創立者)は、九条道家、開山(初代住職)は円爾である。京都五山の第四位の禅寺として中世、近世を通じて栄えた。明治の廃仏毀釈で規模が縮小されたとはいえ、今なお25か寺の塔頭(山内寺院)を有する大寺院である。 ・・・ となっていまして・・ こちらも大本山なだけありまして大きなお寺さんです でゎ早速 三門を拝見♪ が 観光客の入れそうにない参道には 鳥が一羽堂々と佇んで(流石ですね 本堂も眺めつつ こちらの方丈で お庭とか 大きい御朱印とかお部屋とか眺めつつ 無事記帳していただきました出典:ぎるでぃさん
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10月13日 東福寺の次に 六波羅蜜寺へと行ってみました こちらもうぃきによりますと ・・・ 六波羅蜜寺 (ろくはらみつじ)は、京都府京都市東山区にある真言宗智山派の寺院である。山号は補陀洛山。本尊は十一面観音。開基(創建)は空也。西国三十三所第17番札所。 ・・・ となっていまして・・ 西国三十三所17番 洛陽三十三所観音霊場15番 通称寺の会 都七福神(弁財天) 神仏霊場巡拝の道118番 です さて こちらの本堂でお参りをしまして 無事記帳していただきました出典:ぎるでぃさん
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10月13日 六波羅蜜寺の次に・・ なにやら道端に目立つ幟が目を引きまして 興味を惹かれてふと ゑびす神社へと行ってみました こちらは某ホムペによりますと ・・・ 京都ゑびす神社は西宮・大阪今宮神社と並んで日本三大ゑびすと称され、「えべっさん」の名で親しまれています。 その起源は約800年前土御門天皇の建仁2年(1202年)に禅の祖といわれる栄西禅師が建仁寺建立にあたり、その鎮守として最初に建てられたものです。 今日多くの方はゑびす様と言えば「商売繁盛の笹」をイメージされますが、ゑびす信仰の象徴とも言える笹は元来京都ゑびす神社独自の「御札」の形態が広まったものです。 笹は縁起物の松竹梅の竹の葉で「節目正しく真直に伸び」「弾力があり折れない」「葉が落ちず常に青々と繁る」といった特徴から家運隆昌、商売繁盛の象徴となりました。 ・・・ となっていまして・・ こちらから境内へ(気のせいか鳥居が豪華? 鳥居には恵比寿様のお顔と 熊手が お賽銭を熊手に放っているお方もいましたが・・・ワタシのコントロールでは>< (実は結構お賽銭箱にすらはじき返されていたりする;;信心ないのが見 ...出典:ぎるでぃさん
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10月13日 ゑびす神社の次に 平安神宮へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 平安神宮(へいあんじんぐう)は、京都府京都市左京区にある神社である。旧社格は官幣大社、勅祭社。現在は神社本庁の別表神社。 ・・・ となっていまして・・ さらに ・・・ 1895年(明治28年)4月1日に平安遷都1100年を記念して京都で開催された内国勧業博覧会の目玉として平安京遷都当時の大内裏の一部復元が計画された。当初は実際に大内裏があった千本丸太町に朱雀門が位置するように計画されたが、用地買収に失敗。1893年(明治26年)9月3日に地鎮祭が執り行われ[1]、当時は郊外であった岡崎に実物の8分の5の規模で復元された。 博覧会に先立つ3月15日には、平安遷都を行った天皇であった第50代桓武天皇を祀る神社として創祀された[2]。皇紀2600年にあたる1940年(昭和15年)に、平安京で過ごした最後の天皇である第121代孝明天皇が祭神に加えられた。平安神宮では、京都を守る四神の御守が授与されている。 ・・・ ということらしいですので 何となぁく古都京都のイメージからします ...出典:ぎるでぃさん
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10月13日 平安神宮の次に 南禅寺へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 南禅寺 (なんぜんじ)は、京都市左京区南禅寺福地町にある、臨済宗南禅寺派大本山の寺院である。山号は瑞龍山、寺号は詳しくは太平興国南禅禅寺(たいへいこうこくなんぜんぜんじ)である。本尊は釈迦如来、開基(創立者)は亀山法皇、開山(初代住職)は無関普門(大明国師)。日本最初の勅願禅寺であり、京都五山および鎌倉五山の上におかれる別格扱いの寺院で、日本の全ての禅寺のなかで最も高い格式をもつ。 ・・・ となっていまして・・ こちらも格式のある大きなお寺さんです でわさっそくこちらから境内へ 参道をとぼとぼと彷徨いますと 三門が♪ 周りの木々の色づき具合がまだ紅葉というには早いですが これが色づいてきましたらと思いますと さぞ壮観なことだろうと妄想が広がります(でも混んでるでしょうねぇ・・ とか考えつつ 法堂でお参りをしまして 境内にあります水道橋(水路閣)を見物したり お庭とか お庭とか眺めて 御朱印も頂きました(書置きでしたが出典:ぎるでぃさん
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10月13日 南禅寺の次に 銀閣寺へと行ってみました こちらも有名どころですし一度は行ってみたいところですが 遥かなむかし修学旅行で行ったような・・ 時間の都合で行かなかったような(ぃゃ。。そんなはずは・・ まぁ・・おぼろげな記憶は置いといて こちらはうぃきによりますと ・・・ 東山慈照寺(じしょうじ)は、京都府京都市左京区にある、臨済宗相国寺派の寺院。相国寺の境外(けいがい)塔頭である。室町時代後期に栄えた東山文化を代表する建築と庭園を有する。 室町幕府8代将軍足利義政が鹿苑寺の舎利殿(金閣)を模して造営した楼閣建築である観音殿は銀閣(ぎんかく)、観音殿を含めた寺院全体は銀閣寺(ぎんかくじ)として知られる。「古都京都の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。銀閣は、金閣、飛雲閣(西本願寺境内)とあわせて京の三閣と呼ばれる。 山号は東山(とうざん)。開基(創立者)は足利義政、開山は夢窓疎石とされている。夢窓疎石は実際には当寺創建より1世紀ほど前の人物(故人)であり、このような例を勧請開山という。 ・・・ となっていまして・・ 銀閣は慈照寺観音殿というのですね・・ ...出典:ぎるでぃさん
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10月13日 銀閣寺の次に この日もだいぶ夕暮れ気味になりつつなっちゃってきましたので あと一か所くらい観音霊場巡りもしておきたいなぁ・・ト思い 六角堂へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 頂法寺(ちょうほうじ)は、京都市中京区堂之前町にある天台宗系単立の仏教寺院。山号は紫雲山。本尊は如意輪観音(秘仏)。西国三十三所第十八番札所。正式の寺号は頂法寺(山号を冠して紫雲山頂法寺)であるが、本堂が平面六角形であることから、一般には「六角堂」の通称で知られる。華道、池坊の発祥の地としても知られる。 ・・・ となっていまして・・ 西国三十三所第十八番 洛陽三十三所観音霊場第一番 聖徳太子霊跡 第二十五番 です さて こちらから境内へ こちらの本堂でお参りをしまして 無事記帳していただきました出典:ぎるでぃさん
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10月13日 六角堂の次に 晴明神社へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 晴明神社(せいめいじんじゃ)は、京都市上京区にある神社である。安倍晴明を祀る。一条戻橋のたもと(北西)にあった晴明の屋敷跡に鎮座する。全国各地に同名の神社が存在する。旧社格は村社。 ・・・ となっていまして・・ 平安時代の陰陽師安倍晴明の神社です さてこちらから 一の鳥居の扁額にも五芒星が♪ とぼとぼと こちらから境内へ こちらの手水舎のわきには これまた五芒星の形をしました晴明井と その足元には 北斗七星☆ さて こちらの本殿で参拝をしまして 無事記帳・・・を・・ またまた御朱印帳を新調していただきました そしてここまででとりあえず京都放浪一日目は終了♪(初日なのにかなぁり疲れた・・そして長い・・出典:ぎるでぃさん
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10月14日 安ホテルで一泊しまして気分一新早起きしまして 朝ごはん前に 上賀茂神社へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)は、京都市北区にある神社。通称は上賀茂神社(かみがもじんじゃ)。式内社(名神大社)、山城国一宮、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。 ユネスコの世界遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録されている。 ・・・ となっていまして 山城の国の一ノ宮です 早速こちらから境内へ とぼとぼと・・ 細殿(拝殿) こちらの 楼門越しで参拝をしまして 無事記帳していただきました 車止めもかわいい鳥居で♪ そして御朱印帳♪出典:ぎるでぃさん
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10月14日 上賀茂神社の次に 河川敷の道を川沿いに快調に下りまして (といっても電動アッシー君は三段変速ですのでたいした速度ではありませんですが 下鴨神社へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)は、京都市左京区にある神社。通称は下鴨神社(しもがもじんじゃ)。式内社(名神大社)、山城国一宮、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。 ユネスコの世界遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録されている。 ・・・ となっていまして・・ こちらも山城の国の一ノ宮です さてこちらから境内へ ・・・ってまだ参道が長そう とぼとぼと・・ こちらの楼門をくぐりまして 舞殿と 橋殿 境内に川が流れていまして川上には 御手洗社というそうですが こちらで手を清めるのかしら さて 中門から入りまして こちらの幣殿(かな?)で参拝をしまして 無事記帳していただきました 後は白さが眩しい御朱印帳にも魅かれて(未練かな これで今回の 第二目標・一ノ宮めぐり ...出典:ぎるでぃさん
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10月14日 下鴨神社の次に 革堂へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 行願寺(ぎょうがんじ)は、京都府京都市中京区にある天台宗の寺院。山号は霊麀山。本尊は千手観音。通称革堂(こうどう)。西国三十三所第十九番札所である。 ・・・ となっていまして・・ 西国三十三所19番 洛陽三十三所観音霊場4番 神仏霊場巡拝の道114番(京都34番) です さてこちらから境内に こちらの本堂でお参りをしまして 無事記帳していただきました これで今回の 第一目標・西国三十三観音霊場巡り(の京都編) も無事達成♪(次の札所は少し離れているので観音霊場分は今回はここまで出典:ぎるでぃさん
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10月14日 革堂の次に・・ 一旦ホテルまで戻って朝ごはん・・・と帰ってみたら 大幅遅刻で朝ごはんは片づけられちゃっていまして(´;ω;`) ・・・コンビニでパンを買って・・・ 金閣寺に行ってみることに こちらは京都観光の絢爛豪華代表な印象ですし 御朱印で社寺巡りをしに京都に来て是非一度って見たいと思っていたところでもありまして(普段ノープランのくせに・・ こちらもうぃきによりますと ・・・ 鹿苑寺(ろくおんじ)は、京都市北区にある臨済宗相国寺派の寺。建物の内外に金箔を貼った3層の楼閣建築である舎利殿は金閣(きんかく)、舎利殿を含めた寺院全体は金閣寺(きんかくじ)として知られる。相国寺の山外塔頭寺院である[1]。 寺名は開基(創設者)である室町幕府3代将軍足利義満の法号・鹿苑院殿にちなむ[2]。山号は北山(ほくざん)。寺紋は五七桐[3]。義満の北山山荘をその死後に寺としたものである。舎利殿は室町時代前期の北山文化を代表する建築であったが、昭和25年(1950年)に放火により焼失し、昭和30年(1955年)に再建された。平成6年(1994年)にユネスコの世界遺産(文化遺 ...出典:ぎるでぃさん
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10月14日 金閣寺の次に 大徳寺へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 大徳寺(だいとくじ、旧字体:大德寺)は、京都府京都市北区紫野大徳寺町にある寺で、臨済宗大徳寺派大本山である。山号は龍宝山(りゅうほうざん)。本尊は釈迦如来。開基(創立者)は大燈国師宗峰妙超で、正中2年(1325年)に正式に創立されている。 京都でも有数の規模を有する禅宗寺院で、境内には仏殿や法堂(はっとう)をはじめとする中心伽藍のほか、20か寺を超える塔頭が立ち並び、近世寺院の雰囲気を残している。大徳寺は多くの名僧を輩出し、茶の湯文化とも縁が深く、日本の文化に多大な影響を与え続けてきた寺院である。本坊および塔頭寺院には、建造物・庭園・障壁画・茶道具・中国伝来の書画など、多くの文化財を残している。なお、大徳寺本坊は一般には非公開であり、塔頭も非公開のところが多い。 ・・・ となっていまして・・ こちらのお寺さんは普段非公開な塔頭も多いらしいのですが・・(流石に広大で とりあえず境内へ 勅使門を眺めて こちらの山門 (金毛閣)が ・・・ 二層の山門。連歌師・宗長の寄進で享 ...出典:ぎるでぃさん
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10月14日 大徳寺の次に 今宮神社へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 今宮神社(いまみやじんじゃ)は、京都市北区紫野にある神社である。社格は旧府社。別名「玉の輿(たまのこし)神社」とも言われる。京都市北区・上京区において大きな氏子区域を持ち、祭礼の規模が比較的大きな神社として知られている[1]。 ・・・ となっていまして・・私も玉の輿に(無理 でゎこちらの楼門から境内へ 拝殿を拝みつつとぼとぼと・・ こちらの本社で参拝をしまして 無事記帳していただきました あと・・ 御朱印帳を新調しますと こちらのオリジナルの三連の御朱印を頂けるらしいので・・ つい・・(なんて理由だ・・出典:ぎるでぃさん
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10月14日 今宮神社の次に 建勲神社へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 建勲神社(たけいさおじんじゃ)は、京都市北区の船岡山の中腹にある神社である。織田信長を主祭神とし、子の織田信忠を配祀する。旧社格は別格官幣社。正しくは「たけいさおじんじゃ」と読むが、一般には「けんくんじんじゃ」と呼ばれ、「建勲(けんくん)さん」と通称される。旧称健織田社(たけしおりたのやしろ)、建勲社(たけいさおしゃ)。江戸時代後期から明治時代初期に流行した藩祖を祀った神社のひとつ。 ・・・ となっていまして・・ 織田信長が神様になっています さて こちらから境内へ ひぃ・・まだ平地だと追っていたのに・・;; 階段ですね;; いつもの様に案合図をば 欠かせない一節かな こちらが拝殿で 参拝をしまして こちらが祝詞舎と さて無事記帳していただきまして(刀剣乱舞御朱印(だったかな?)が人気のようで結構並んでいました あと・・ こちらの書置きの見開きサイズの御朱印も一緒に頂きました(カッコよさげな誘惑に勝てませんでしたよ出典:ぎるでぃさん
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10月14日 建勲神社の次に 龍安寺へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 龍安寺(りょうあんじ)は、京都府京都市右京区にある臨済宗妙心寺派の寺院。妙心寺との関係が深く、山内塔頭と同様の扱いを受けている[1][2]。山号は大雲山と号し、石庭で知られる。本尊は釈迦如来、開基(創建者)は細川勝元、開山(初代住職)は義天玄承である。「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている。 ・・・ となっていまして・・ こちらから境内へ 案合図を眺めつつフラフラと お庭と お庭と 某サングラスのお方作(かな?)の お庭(?) を眺めつつ 無事記帳もしていただきました出典:ぎるでぃさん
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10月14日 龍安寺の次に 仁和寺へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 仁和寺(にんなじ)は、京都府京都市右京区御室にある真言宗御室派総本山の仏教寺院。山号は大内山。本尊は阿弥陀如来、開基(創立者)は宇多天皇。「古都京都の文化財」として、世界遺産に登録されている。 ・・・ となっていまして・・ でゎ早速 二王門から境内へ こちらの案合図はまた年季が入って とりあえず・・中門の方から 五重塔 まずはこちらの金堂でお参りをしまして 記帳もしていただきまして 次は・・ こちらで お庭と お部屋と お庭と お庭と お庭を 眺めて 無事記帳していただきました そして またふえる御朱印帳・・・出典:ぎるでぃさん
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10月14日 仁和寺の次に 妙心寺へと行ってみたのですが ・・・・ 既に午後四時には御朱印は終了とか;; まぁ・・書置きはいただけるとのことでしたので いただいてはみました さて・・そんなこんなで少しばかり心残りはありましたけれども 気持ちを切り替えて 電動アッシー君の残り少ない電池パワーを使って 本能寺へと行ってみました えぇ・・あの・・ 本能寺の変 の 本能寺です まぁ・・当時の建物は燃え落ちたことで有名になっちゃったようなものですから 当然残っているはずもないのですけれども 当時は今とは違う場所にあったようですけれども それでもこちらも一度は行ってみたいなと思っていた次第 とりあえずうぃきによりますと ・・・ 本能寺(ほんのうじ)は、京都府京都市中京区下本能寺前町にある、法華宗本門流の大本山。本能寺の変の舞台として知られる。現在の寺院には、恵昇院、蓮承院、定性院、高俊院、本行院、源妙院、龍雲院の7院の塔頭がある。 ・・・ となっています さて・・ こちらから境内へ こちらの本堂でお参りをしまして 無事御朱印・・・ではなく こちらは日蓮宗です ...出典:ぎるでぃさん
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10月15日 京都観光三日目も早めに起きて 今回も朝ごはん前に 北野天満宮へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 北野天満宮(きたのてんまんぐう)は、京都市上京区にある神社。旧称は北野神社。二十二社(下八社)の一社。旧社格は官幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。神紋は「星梅鉢紋」。 通称として天神さん・北野さんとも呼ばれる。福岡県太宰府市の太宰府天満宮とともに天神信仰の中心で、当社から全国各地に勧請が行われている。近年は学問の神として多くの受験生らの信仰を集めている。 ・・・ となっていまして・・ この日は朝方雨が降っていたので不安が増していましたが 幸い出かけるころには止んで一安心 早朝の境内をとぼとぼと・・ こちらは 牛が沢山 楼門をくぐりまして とぼとぼと・・ こちらの拝殿で参拝をしまして 無事記帳していただきました 御朱印帳・・(増やしすぎな気配出典:ぎるでぃさん
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10月15日 北野天満宮の次に 一旦朝ごはんを食べに戻ってから(今度は間に合った♪ 松尾大社へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 松尾大社(まつのおたいしゃ/まつおたいしゃ)は、京都府京都市西京区嵐山宮町にある神社。式内社(名神大社)で、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。 ・・・ となっていまして・・ こちらの大鳥居から さてこちらの鳥居から境内へ いつもの様に案合図 楼門をくぐりまして こちらが拝殿で こちらの 中門で参拝をしまして(正式な作法は知らないのですが 無事記帳していただきました 酒樽がいっぱぁぃ出典:ぎるでぃさん
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10月15日 松尾大社の次に 梅宮大社へと行ってみました こちらはうぃきによりますと ・・・ 梅宮大社(うめのみやたいしゃ)は、京都府京都市右京区梅津フケノ川町にある神社。式内社(名神大社)、二十二社(下八社)の一社で、旧社格は官幣中社。現在は神社本庁に属さない単立神社。旧称は「梅宮神社」。神紋は「橘」。 ・・・ となっていまして こちらからとぼとと・・ 大鳥居をくぐりまして 随身門から境内へ 拝殿を拝んで こちらの本殿で参拝をしまして 無事記帳していただきました出典:ぎるでぃさん
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