まとめ記事(コンテンツ)

2015/05/04

名護屋城址

カテゴリ : 佐賀県 > 観光 > 建物・史跡

秀吉の朝鮮出兵拠点の城跡
中国、朝鮮半島侵略をもくろんだ豊臣秀吉は、

この地に名護屋城を築いて出兵基地とし、

文禄・慶長の役(1592~1598)を起こしました。






名護屋城址は

名護屋城博物館の駐車場から登って

右へ行った所に案内所があり、

そこで環境整備金(100円)を支払って入場します。




まず、城の玄関にあたる「大手口」から

登城坂「大手道」を登った所が「東出丸」です。

東出丸から遠くに呼子大橋、加部島が見えます。



「東出丸」から森の中の「三ノ丸」に入り、

本丸手前の坂が「大手門」跡で、

坂を上ると、

一番高い場所の「本丸」に到着します。

「本丸」の中央には石碑が立ってます。



本丸の北側には、

正岡子規門の俳人、青木月斗(げっと)が

名護屋城を訪れた際に詠んだ句、

『太閤が睨みし海の霞かな』の句碑があります。



そこから下を見ると、

能舞台、茶室、庭園があった「山里丸」、

くぼ地になってる所は「鯱鉾池」の堀跡、

鯱鉾池の向こう側の丘は徳川家康の陣跡、

向こうの方には呼子大橋、加部島が見えます。



本丸の北西角隅の木が生えてる所には

当時天守閣があった「天守台」があります。




天守台の北側には、

武器・兵糧を蓄えた「二ノ丸」と、

1593年講和使節として明から来日した

沈維敬(遊撃将軍)の宿舎となった「遊撃丸」がある。



本丸の西側からは、

二の丸と三ノ丸を繋ぐ「馬場」と

名護屋城の総取締役の

浅野弾正長政が居住した「弾正丸」が見える。




H27年4月から、博物館受付で

名護屋城をバーチャルで建物を再現できる

アプリが入ったタブレットの貸し出しがあるので、

タブレットを借りて名護屋城を見て回ると、

当時の建物をもっとイメージしやすく

楽しく見て回れると思います(笑)





この名護屋城の周りには、

秀吉の命で全国の大名が集められ

その陣跡が118ヶ所あるそうです。



名護屋城を見るだけでなく、

各大名の陣跡めぐりをするのも

楽しい鴨しれません(笑)

地図:

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