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アスロックのブログ一覧

2016年12月26日 イイね!

Xデーのプレゼント

今年も忌まわしい日がやってきました。
苦痢酢魔棲・・・
なんてまがまがしい響きなんでしょう。

全身赤い姿をした不審者が家に侵入して枕元に不審物をおくという伝説がありますが・・・恐ろしい。
しかもこの日は男女がいちゃいちゃするという穢れた日といわれています。

おぞましい!
我々は一致団結して闘うぞ!(ゴジラと)


さぁて

それはともかく、1年がんばってきた私に自分で自分にプレゼントです。
彼女?恋人?
いらね~よそんなもん。


・・・神よ・・・哀れなこの私めに地位と名誉と富と彼女を与えたまえ・・・・


で、何をプレゼントしたかというとこれです。

ざん。


であごすてーに。
じゃなくて一眼レフ用の短射程レンズです。
シグマの17-70 F2.8-4 DCマクロだよ。
短射程レンズは今までレンズキット買ったときについてきたキャノンの18-135を使ってました。
性能は文句なくしかも使いやすいのですが、もう1本短射程でできれば倍率のもう少し小さいのがほしかったんです。
短射程の17-70は軽量小型ですが普段であごすてーにとか艦艇一般公開とか地上展示撮影にむいてそうですね。

ではためし撮りを。




おおっ・・・・

今までの18-135と違いわかんねーや(^^;
でもなんとなくよさそうです。



あ、いいね、これ(笑)






さて、景気がよくなりますようにと計器をかってきました。



・・・売れ残りやない
売れ残りやないんや・・・
俺・・・
Posted at 2016/12/26 00:38:14 | コメント(2) | トラックバック(0) | キャメラ | 日記
2016年12月05日 イイね!

であごすてーに彗星

今回はスケジュールの関係で2連チャンでいきますよ。


であごすてぃーに。



20号は帝国海軍の艦上爆撃機彗星です。
パッケージの表紙に「空技廠」とありますが、これは彗星を開発した組織です。
海軍の隷下に航空機の研究・調査・開発をおこなう組織が海軍航空廠で、その後海軍航空技術廠と改称されています。
ここは海軍航空関係のエリート技術者が集められた組織というわけです。



モデルのほうは2000円という値段で考えれば妥当とはいえ、ディテールはどうしても甘いですね。
でもプロポーションは悪くありません。



どこか日本機らしくない形にも感じます。
上から見るとイタリアのマッキMC.202に雰囲気が似てるかもしれませんね。
MC.202と彗星は実はエンジンが同じDB601液冷エンジン(正確に言えばDB601をライセンス生産された熱田エンジンですが)を採用しています。
機首下についているのはラジエターというわけです。
彗星は九九式艦爆と同じ艦上爆撃機なのですが、どちらかといえば戦闘機に近い形といえるかもしれません。



こうして後ろから見ると斬新なデザインだと感じます。
比較的小柄な垂直尾翼、プロペラから遠く離れた場所にある操縦席(要するに液冷エンジンが長い)、零戦と比べると細長い(零戦:全長9.05m、全幅12mに対して彗星:全長10.22m、全幅11.5m)サイズですが、自重は零戦1754kgに対して彗星は2550kgと結構重かったりします。
それでいて速度は零戦の533km/hより速い580km/hだったりします。



彗星が試作発注されたのは九九式艦上爆撃機が制式化される1年前の昭和13年末です。
海軍が海軍内の開発組織の航空技術廠に命じたわけですが、このときの要求がすごい。
最大速度が後のゼロ戦(当時はまだ開発中だった)よりも速い518km/h、巡航速度426km/h、航続距離は過荷重状態で2200kmというムチャクチャなものでした。
ちなみに九九式艦上爆撃機の要求仕様は250kg爆弾を搭載して最大速度370km/h以上、この状態で航続距離1480km/hだったわけですからまさしく「異次元」のものだったと思います。
何故こんなムチャクチャな要求仕様だったかといえば、可能な限りの新技術を投入して究極の艦上爆撃機を設計することを目標としたわけです。
平たく言えば実験機ですね。
なので実用性や生産、整備性は二の次三の次だったわけです。
将来の航空機を開発する上で必要なことだったんでしょうね。
さらに恐るべきことに降着装置や抵抗板、爆弾槽の扉の開閉を油圧ではなく電動モータを使っていたんです。
今では電動で動かすのは一般的になってきましたがこの時期に採用したのは画期的だったわけです。
もちろん当時日本が苦手だった油圧の油漏れ対策と言う意味もあったのでしょうけど、とにかく投入できる技術は徹底的に投入下のが彗星というわけです。



後ろから見ると思ったよりも主翼が小さく、胴体はぎゅっと絞っているのが判ります。
海軍は敵機動部隊の艦上機の行動圏外から出撃して、高速を活かして短時間で接近して爆撃を行い、高速で敵の戦闘機を振り切って帰還するという構想だったようです。
当然速度は非常に重視されます。
速度性能に有利な液冷エンジンを採用して胴体をしぼって小柄な主翼にすることで抵抗を減らしたわけです。
もちろん急降下爆撃機なので引き起こすときにどれだけ揚力をかせげるか、スピードを落とせるかが非常に重要になってきます。
主翼を小さくすると翼面荷重が大きくなってしまうわけですが、そこはフラップをファウラープラップにすることで対処しています。
ファウラーフラップは翼の下面が下がることで翼面積を一時的に広げて揚力を得るものです。
急降下爆撃時にはファウラーフラップの下にある抵抗板が展開してスピードブレーキにしていたようです。



さて、このハイテクの結集体といっていい十三試艦爆(後の彗星)は昭和15年11月に初飛行に成功しました。
初号機をテストした結果、速度は要求518km/hが552km/h、航続力は2200kmが3890kmと大幅に目標を超えてクリアして海軍側を驚かせたようです。
将来の航空技術のために輝かしい研究成果を残して終わる・・・はずでした。
ところが日米関係が悪化し、太平洋戦争に突入することで実験機の性格が強かった十三試艦爆は量産化することになってしまったわけです。
性能を第一に考えて生産性や実用性は二の次三の次の実験機だったのに量産になるということはどうなるか・・・・
当然複雑な機体システムや陸軍のキ61(飛燕ね)で多発した液冷エンジンの不調や整備の困難さ、新技術の電動モータの多用は故障や量産化の妨げになるわけです。



初号機の初飛行が昭和15年11月、部隊配備が本格化したのは昭和18年後半ですからどれだけ量産化に苦労したかがわかります。
部隊配備された機体もやはり稼働率に悩まされることが多かったようです。

ところで彗星ですが、一番最初に量産化したのは艦上爆撃機ではなく偵察型の二式艦上偵察機だったようです。
彗星とはカメラの有無の違いだったようですね。
彗星は液冷エンジン「熱田」を採用していましたが不調だったこともあって空冷エンジンを搭載した彗星三三型も生産されました。



Posted at 2016/12/05 23:23:20 | コメント(1) | トラックバック(0) | ミリタリー雑誌 | 日記

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