• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

アスロックのブログ一覧

2016年10月22日 イイね!

であごすてーに烈風

いろんな事情でブログのほう、かなり滞ってます。
昨年の明野なんて途中まで作っておいてそのまま放置してたら今年の航空祭が既に終わってしまいましたし・・・
いろんな事情で気分が乗らないというのもありますが、たまには1発でっかいアップしたいなぁ・・・
さて

であごすてぃーに。
こちらも忘れてはいませんよ。



であごすてぃーにWW2傑作機コレクション第17号は「烈風」。
そのうち来るとは思いましたが早くもきましたか。


第二次世界大戦では各国でいろんな戦闘機が活躍し、中盤からはその後継となる高性能な新型機が登場しています。
例えば陸軍では九七式戦闘機の後継は隼
海軍は九六式艦戦の後継は零戦
米海軍ならF4Fワイルドキャットの後継はF6Fヘルキャット
はっきりとした位置づけではありませんが、隼の後に疾風が登場していますし、航空技術の進化が著しかったこの時期は非常に短いサイクルで新型機が登場しています。
ではゼロ戦の後継は?
実は後継はないんです。
正確に言えば「間に合わなかった」が正解でしょうか。
空母に搭載して機動部隊の一員として護衛や制空権確保などに使われるゼロ戦の後継になる艦上戦闘機は配備がされる前に終戦となってしまいました。
その間に合わなかった新型の艦上戦闘機がこの烈風です。
零戦と比べてみました。
かなりの大型なのが判ると思います。



モデルのほうですが、値段相応・・・かな。
特にカウルの処理をもう少し丁寧にやってほしかったですね。
とはいえ烈風のモデルはあまりないのでこれは貴重といえるかも。
今回のモデルは3号機にあたります。
実機の写真と見比べると日の丸の白がちょっと細すぎる感じがします。




前から見ると主翼がわずかに逆ガルになっているのがわかります。
内翼が水平で外翼が上反角がつけられているんですね。
パッと見て気が付くのはこの烈風、主翼がとにかく巨大だってことです。
もちろんこれには理由があります。
高い機動性をもつゼロ戦の後継になる新艦上戦闘機にも同等の高い機動性を海軍は求めたわけです。
零戦は軽量の機体に高い機動性をもたせるために主翼を大きくして翼面荷重を小さくしました。
飛行機は主翼で揚力を得ることで飛ぶことが出来ますが、主翼が小さい(面積が小さい)と、その小さい面積で得られた揚力で機体を支えなくてはならなくなります。
逆に大きい主翼(面積が大きい)ならばその大きな面積で得られた揚力で機体を支えることになります。
面積が大きければ大きいほど揚力を大きく得られるわけです(実際には翼の形でずいぶん違うわけですが、相似形の主翼ならば面積が大きいほど有利・・・って意味です)
一方で零戦以上の速度として640km/hを要求されたわけです。
そうなると大型の大パワーエンジンが必要ですが、当然大型で重いので機体も重くなります。
主翼が大きいと抵抗も大きいので速度も不利になってきます。
・・・あいかわらず無理いうなや海軍さん!



キャノピーの大きさを見るとこの機体がかなりの大型機だというのがわかります。
大型の3人乗りの艦上攻撃機並みの大きさです。
サイズは全幅14メートル、全長11メートル、自重3266kg。
ちなみにゼロ戦(二一型)が全幅12メートル、全長9.05メートル、自重1754kgなので、ふたまわりは大きいことになります。
翼面積は30.8平方メートルなのですが、これは畳18.6畳分にあたります。
機体が大きいのはゼロ戦以上の速度性能を求めたためです。
今までゼロ戦で使っていた栄エンジンではなく馬力が2倍近い2000馬力級のエンジンを搭載したためです。
機体のほうは確かに大型化しましたが、主翼の形も機体の形もゼロ戦に似てると思いません?



この角度から見ると大型化したゼロ戦って感じがしますね。
それもそのはず、エンジンを大型化したことや主翼の外翼に上反角をつけたところを除くとゼロ戦をほぼ踏襲したものになっているわけです。
設計を請け負ったのはゼロ戦と同じく三菱で設計主務者はゼロ戦の設計主務をした堀越技師ですからまさにゼロ戦の発展型といっていいかと思います。



烈風ですが、十七試艦上戦闘機という名前で海軍が試作発注したのは昭和17年6月ですから、ミッドウエー開戦の頃です。
ゼロ戦が制式化されて2年もたって初めて開発スタートですからこれはずいぶん遅いことになります。
いくらゼロ戦が高性能だったとはいえ、戦闘機なんて1日2日でできるものではなく、設計に何年もかかるのですからこれは致命的だといえると思います。
この頃は戦闘機のエンジンは大パワー時代になっていますから、当然2000馬力級のエンジンを搭載することが決まっていました。
海軍の要求はゼロ戦並みの運動性を持つこと。
・・・でたよ・・・・
高い運動性をもたせるには翼面荷重を低くするようにして主翼を広くしなければなりません。
こうなると抵抗が大きくなるので速度性能には不利になります。
エンジンが大型ならさらにそれを補うために主翼を広くして、そうなると速度性能が低下するので・・・と自分で自分の首を絞めるようなことになりかねないわけです。
ゼロ戦は高い運動性能をもっていたので格闘戦ではバツグンの能力がありました。
ベテラン搭乗員が格闘戦をすれは敵なしの状態だったでしょう。
これに対して当然敵は格闘戦にはいらないような戦い方をするわけです。
高速で接近して射撃して、高速で離脱する。
たとえ格闘戦になってもゼロ戦が追いつけない速度で逃げたり上昇能力で振り切るような戦闘機を作りそういう戦い方になってくわけです。
しかも連日の激しい戦闘でベテラン搭乗員も次々散華されてしまっていたのですから、想定していた空中戦になっていかなかったんでしょうね。



さて烈風の1号機は昭和19年4月になんとか完成しました。
ところが飛ばせてみると速度が出ない、上昇力が低い(後継になるはずのゼロ戦より低い)というものでした。
烈風に搭載されたエンジンは「誉」というエンジンを海軍は指定してきました。
これは紫電改などに搭載されていたもので、確かにパワーはありますが、整備性などいろいろあって狙った出力を出すのが難しかったわけです。
この誉エンジンが足を引っ張った結果だったわけですが、このテストをうけて海軍は落胆して烈風を見放し、工場は紫電改の生産に転換しろというなんともあんまりな命令をしました。
これに対して三菱は当初自分たちが考えていた自社製のエンジンを搭載してもう一度テストをすべきだと主張したわけですが、海軍は聞き耳持たなかったようです。
ムチャな要求とムチャな仕様押し付けてあんまりな話だとばい!
三菱もだまってはおらず、海軍とは関係ナシに自分で自社製のエンジンを搭載してテストしてみたら要求性能に近い性能がでました。
これをうけて海軍は手のひら返しで採用、烈風を生産せよという命令をだしたわけです。
ずいぶん身勝手というかなんというか・・・


烈風が制式採用決定になったのは昭和20年6月。
既に運用できる空母はなく空母での艦上機運用も放棄していました。
「艦上戦闘機」ではなく烈風は防空戦闘機を示す「局地戦闘機」としてデビューしたものの、結局量産機が完成する前に終戦を迎えることになります。

Posted at 2016/10/22 22:48:23 | コメント(3) | トラックバック(0) | ミリタリー雑誌 | 日記
2016年10月10日 イイね!

車検にいってきました

久しぶりのクルマネタです。
といっても特別これといったものはありませんが・・・

土曜日曜と1泊二日でR2君を車検に出してきました。
早いもので納車されてからもう10年になるんですね。
前回の点検でブーツの交換などをおこなってますので今回は油脂類の交換程度で特に問題はありませんでした。

費用は・・・点検パックをつけて74,993ルピー。
点検パックを外しても23,705,070エクアドル スクレなので結構高価。
毎度毎度のことですが頭が痛いですね・・・
まぁ命をあずかっている乗り物なのですからその点検費用がそれなりにするのは当然なのですが。


さて、今回代車で借りたのは・・・

先代のステラ。
いやぁ、中が広いですね。
とても快適ですし視界も広くてgood!
トルクもすごくあるように感じます(あれ?同じエンジンなんでは・・・)

せっかくディーラにいったのですから話題のアレを見てこようと思ったのですが、残念ながら実車は別の店舗に展示されてるとのこと。
残念。
カタログをいただいてきました。


キープコンセプトでそれほど外観は大きく変わっていませんがどちらかといえばレヴォーグに雰囲気が近くなったような気がします。
早く実車がみたいですね。
Posted at 2016/10/10 13:39:57 | コメント(1) | トラックバック(0) | 自動車 | 日記
2016年09月25日 イイね!

SHIZUHAMA?

今日9月25日は航空自衛隊静浜基地で航空祭が行われました。
例年5月の静岡ホビーショーと同時期に行われるのですが、今年は諸般の事情(伊勢志摩サミットかな?)で9月開催となりました。



















いや、今年は行かなかったんですけどね。
というかいけなかったんです・・・・
いきたかったよ~。
(ちなみに上の写真は2014年の岐阜、2015年の明野の写真だったりします。)


諸般の事情で今年はイベントには展開できそうも無さそうで、岐阜、明野、浜松ともに既にあきらめています(岐阜はいきたいなぁ・・・X-2展示されるし)が、もしかしたら静浜はいける可能性が出てきたわけです。
というか木曜の時点で可能性が高くなったので行くつもりでした。
が、諸般の事情であきらめざるをえなかったんです。
それは・・・
ちょろっと手術をしてきたんです。


16日だったかににちょっとした怪我をしちゃったんです。
というのも、左足の爪がちょっとひび割れてたのですが、寝ようとしたときこのクラックに布団がひっかかったわけです。
人間の力ってね・・・強い力を出そうとするとそうでもないのに、どうでもいいときの力ってかなりの勢いや力が出るもんですよ・・・
布団が引っかかった状態で軽く足を振り回す(といっても布団の上で足を軽く振り上げた程度)とどうなるでしょう?
はい、ご名答、足の爪がぺろ~んと剥がれます。
超痛い!!
まぁ消毒してガーゼで保護したわけですが、爪とうカバーがなくなるわけなので軽く触れるだけで激痛が走ります。
痛かったのでとりあえずいきつけの皮膚科で抗生剤を塗るなどの処方をしてもらったわけですが、一向に良くなりません。
歩くと痛いので金曜の仕事帰りに外科に行ってきました。
ちなみにこの外科、ちょっと古そうな感じで、イメージとしては大都会PARTⅡの渋谷病院と言った感じ(先生も宗方先生に雰囲気似てた 笑)。

加農砲止めでもしてくれるのかな?なんて思って診察してもらうと・・・
「よし切ろう」

ちょっとまった!!
どうも剥がれて爪がなくなった部分の肉が盛り上がり、1/4ぐらい剥がれ残った爪に巻き爪のようにめりこんでいたそうです。
このままでは当分治らないので、手っ取り早く盛り上がった肉を切除して、残った1/4の爪ははがしちゃえということのようです。
・・・・聞くだけで痛いのですが。




写真は治療中のあすろっくさん。


麻酔の注射をしたのですがこれがメチャクチャいたい。
その後メスでザクザク切られて
爪をズバズバっとされて手術は終り。
血まみれになりましたが私は元気です。


まぁそんなこんななので足は包帯ぐるぐる状態、こんなんじゃ静浜なんていけません。
下手にいって傷口開いたらシャレになりませんしね。
はぁ・・・いきたかった。





さて
静浜にはいけませんでしたが、これを愛でていました。

鏡音リンのフィギュア(TONY ver)。
結構お値段しますぜ。


いい・・・・。
すごくいい・・・・。

え?買った理由?


この腋の魅力の前に買わずにいられますか?(笑)
さあ・・・明日も仕事だ・・・・
Posted at 2016/09/26 00:13:17 | コメント(4) | トラックバック(0) | アレな話題 | 日記
2016年09月25日 イイね!

であごすてぃーに九九式艦爆

これを手に入れたのは結構前なのですが、なかなかアップできなかったので今頃ということで・・・



であごすてぃーに。



WW2傑作機コレクション14号は九九式艦爆。
当時の技術を注ぎ込んだ高性能爆撃機ですね。
零戦、九七式艦攻とともにハワイ作戦に参加したWW2前半の主力機です。



モデルのほうですが、値段で考えれば悪くは無いですが、前回の零戦二一型でも指摘したように明るい機体色に黒い線はやたら目立つので押さえてほしかったというのが正直なところです。
アンテナやピトー管、照準器などはもう少しがんばってほしいとこかな。



さてこのモデル九九式艦上爆撃機ですが、名前の通り紀元2599年(昭和14年)に制式化された空母で運用する爆撃機です。
「爆撃機」というとB-52とか富岳とか、巨大な機体に複数のエンジンを搭載した物をイメージしますね。
でも空母で使うのであればそんなに巨大な爆撃機は無理です。
空母から発艦して地上の敵施設や敵の艦船を爆弾で攻撃するのが艦上爆撃機です。
爆弾で攻撃とはいっても無数の爆弾をばらまくわけではありません。
空母に搭載するのですから機体のサイズはそれほど大きくできませんし、搭載する爆弾もそれほどつめません。
それならば少数の爆弾であっても確実に敵の艦船に命中させられる命中精度をもつ機体がほしいですよね。
それが艦上爆撃機です。
とはいえ、この頃の爆弾は精密誘導兵器ではない無誘導の爆弾です。
では命中精度を高くするにはどうするか?
高い命中精度が出るような爆弾の投下方法にすればいいわけです。

話はずれますが、終戦前に日本は米陸軍のB-29戦略爆撃機の無差別爆撃を受けました。
高空から爆弾を落としても目標に命中なんて期待できません。
そこで数百機という大編隊で大量の爆弾をそこらじゅうにばらまいたわけです。
目標は特定の施設ではなく民間人の生活圏である住宅街や都市部。
木造住宅がほとんどだったので大火災をおこすよう狙った焼夷弾をつかいました。
例え爆弾が命中せず焼け残っても発生した大火災でまとめて住宅街や大都市を焼き払うことを狙ったわけです。
一方で艦上爆撃機は少ない爆弾を一発必中で敵の艦船に命中させることを求められます。
「爆撃機」と一言で言ってもぜんぜん違うわけです。



一発必中の高い命中精度を求める爆弾の投下方法、それは急降下爆撃です。
よく第二次世界大戦の記録映像でプロペラ機が「ひゅううおんおんおんおん」というけたたましい風きり音とともに急降下しながら爆弾を投下、直後爆発!というのを見たことがあると思います。
これが急降下爆撃です。
飛行機が水平に飛んで爆弾を落とすと命中までに爆弾が水平方向にかなり移動するので地面に弾着するまでには大きくずれてしまいます。
ましてや高い高度がら落とせばわずかなズレも弾着の時点ではそのズレは非常に大きくなってしまいます。
一方で急降下爆撃は機体が目標に向かって急な角度で急降下しながら爆弾を投下するので、爆弾は機体の進行方向(目標)に向かって飛んでいきます。(実際には放物線を描くのでまっすぐ飛んでいくわけではないですが)
なので誤差も抑えられ水平爆撃とは比べ物にならない高い命中精度を得ることが出来ます。




急降下爆撃という新しい技術を生み出したのは米海軍。
最初の専用機が開発されたのは昭和3年ですが大日本帝国海軍が急降下爆撃に着目して米国のカーチス社に技師を視察に派遣したり資料をあつめたのが昭和5年と結構早い時期だったのがわかります。
早くも昭和6年には最初の試作機の六試特殊爆撃機の開発を開始しています。
その後七試特爆、八試特爆と試作急降下爆撃機の開発は続きましたが技術的に難しいものがあって難航したといいます。
昭和9年にドイツのハインケルHe66爆撃機をベースに開発された九四式艦上爆撃機が初の実用艦爆として誕生しました。
九四式艦爆は日中戦争で敵陣地や橋などを精密爆撃で実績をあげています。
九四式艦爆のエンジンを変更するなどした性能向上型の九六式艦爆を開発しました。
この九六式艦爆の試作が進められている昭和11年に次期新型艦爆を開発を命じたわけですがこれが後の九九式艦爆です。
初めて米国の急降下爆撃技術を知って米国に派遣したのが昭和5年、九九式艦爆の開発スタートが昭和11年。
この間わずかに6年とムチャクチャ慌しくすさまじいスピードで開発が進められていたんですね。



海軍が示した後の九九式艦爆となる十一試艦爆の仕様ですが
250キロ爆弾を搭載して最大速度370km/h以上、この状態での航続距離1480km以上、爆弾を投下した後は戦闘機に近い空中戦能力をもつこと
・・・ムチャですがな。
九六式艦爆が複葉機でしたが、新型艦爆が性能を満足するには全金属製の単葉機にならざるを得ません。
十一試艦爆は三菱、愛知、中島の3社に指示が出されましたが、このうち中島は進歩的な設計を、愛知は手堅い設計となりました。
面白いものがあります。
象徴的なところは主脚です。
この頃の単葉機の主脚は空気抵抗になるので格納するのが一般的となってきました。
一足速くデビューした九七式艦攻も主脚を格納式としています。
ところが愛知はあえて固定式(格納できない)を選んだわけです。
格納式にすると構造上、主翼下面に格納用の開口部が必要です。
当然強度的にも剛性的にも不利なので、急降下時に好ましくないと判断されたわけです。
さらに主脚を格納するにはそれ相当のスペースや引き込み式の構造が必要で、重量増や主翼厚の増加になります。
主脚の格納が空気抵抗低減のためなら主脚のカバーを空理的に洗練させればいいと、かなり思い切った選択をしたわけです。

愛知の十一試艦爆は初号機が完成た後は速度や上昇性能は要求をクリアしたものの、不意な自転や補助翼が操作時必要以上に舵角が大きくなる問題が発生したそうです。
不意な自転は翼端失速が原因で主翼前縁を変更となりました。
ところで九九艦爆ですが、垂直尾翼の前に背びれがついてますね。
これは機首上げ姿勢時に方向安定性が不足すると自転を誘発するため、その対策で設定されてるんですよ。
一方補助翼の問題はなんと組み立て治具の狂いが原因で、設計時よりもずれていたことによって発生していたそうです。
これらの問題解決に1年以上かかったわけですが、
それでも結果は速度・上昇性能に優れた愛知が選ばれることになりました。
急降下爆撃機の技術的ハードルがそれだけ高いってことなんでしょうね。
ここに昭和14年末に九九式艦上爆撃機が誕生しました。



ところで主翼の下に何か見えませんか?
公園のベンチのようにも見える大型のアンテナ?板?
実はブレーキです。
急降下爆撃機は目標に対して急角度で降下し、爆弾を投下します。
そうすれば当然機体は高速になって高い運動エネルギーの状態で地面に接近することになるので機体を引き起こせなくなってしまいます。
これが複葉機なら空気抵抗が大きくて速度もおそいので急降下速度もある程度落ち着いたものですが、全金属製単葉機ではそうはきません。
速度を抑えるにはブレーキが必要です。
そこでブレーキになる小翼を設定して急降下制動板としてとりつけたわけです。
急降下に入るときはこの小翼の向きを90度変えて空気抵抗で速度が出過ぎないようにしたんですね。
ちなみに敗れた中島案では格納式の主脚を急降下時に展開してブレーキにしたそうですよ。
爆弾は主翼下と胴体中央下に懸架しますが、胴体下の爆弾は投下する際にプロペラと当たってしまいます。
これが水平爆撃なら問題ありませんが急降下爆撃は機体の軸線上に爆弾が進む(実際には放物線を描きますが)のでこれは問題。
そこでブランコのように揺動することで機体から大きく離す爆弾投下誘導枠を設定していました。


急降下爆撃は爆弾の命中精度は非常に高いのですがかなり危険なものがありました。
まず高度3000メートルで目標への投下地点まで接近し、降下角度50度から60度という急角度で目標に向かって急降下を行います。
高度450メートルまで降下するとそこで爆弾を投下し、機体を引き起こします。
聞くだけでも怖そうですが、実戦ではこれに敵の戦闘機の迎撃や対空砲火が加わります。
目標に向かって急降下していくという事は、敵からしてみれば急降下爆撃機はこちらに向かって突入してくるということです。
つまりその方向に対空砲を向ければ、砲弾に向かって爆撃機が突っ込んでくるわけです。
さらに爆弾投下後の引き起こし後は速度も落ちますし、海面に大きく近づくわけですから、敵の対空砲火に低空でさらされることになります。
この間は味方戦闘機の護衛も得られませんし、回避行動もできません。
無誘導爆弾で爆撃の計算機がなくても高い命中精度(インド洋海戦では80%以上だったとか)が得られる一方で対空砲火からの被害は深刻なものがありました。
爆撃コンピュータの進化で通常の爆撃でも急降下爆撃以上の命中精度が得られるようになると危険な急降下爆撃は行われなくなっていきました。

以上、九九式艦爆でした。
Posted at 2016/09/25 02:31:32 | コメント(2) | トラックバック(0) | ミリタリー雑誌 | 日記
2016年09月17日 イイね!

浜松広報館車両等展示イベント

日曜に航空自衛隊浜松広報館にいってきました。


というのも9月10日、11日と広報館で車両等展示イベントが行われました。
車両等展示イベントとは名前の通り浜松基地で働くさまざまな支援車両を展示するイベントです。
航空祭でも消防車などの車両が少数展示されることはありますが、航空祭はあくまでも飛行機がメインなのでせっかく展示された車両をじっくり見ることは少ないんじゃないでしょうか?


いきなり目に飛び込んできたのが


C-130型航空機用カーゴローダーです。
航空自衛隊は昭和56年度予算からC-130H輸送機を導入しましたが、それにあわせて貨物をC-130に積載するために導入された車両です。
車体上面(といっていいの?)はローラコンベアになっていて、この上に貨物を載せたパレットが移動してC-130の機内に貨物を移動させます。
航空自衛隊ではC-1輸送機も使用していますが荷台幅を変えることでC-130だけでなくC-1輸送機にも対応させることが可能とされています。


後方から。
このカーゴローダの長さは実に12.8メートル。
幅は3.9メートルなので非常に細長く感じますね。
浜松基地には輸送機部隊はありませんが、浜松基地には物資や機材の輸送では輸送機が貨物を運んでくるので欠かせない装備です。


カーゴローダの運転席。
非常にシンプルですね・・・
ハンドル右側にある操作版が荷台の操作盤になります。
速く走るときはトランスミッションのギアを切り替えるわけですが、変速は前進2段、後進2段となっています。
切り替えはレバーでやると思いきやハンドル右側にあるスイッチなんだそうです。







貨物などを運ぶフォークリフトです。
貨物をパレットに積んだりそのパレットをカーゴローダに載せたり、物流には必須の車両です。
それにしてもかなり大型ですね。
5トン型でしょうか?







こちらは軽装甲機動車。
4人乗りの小型装甲車です。
軽装甲機動車は陸上自衛隊の普通科部隊などに配備されていますが航空自衛隊も基地警備用として平成16年度から部隊配備が始められました。
基本的に陸上自衛隊のものと同じですが車体は緑一色に塗られていますね。



軽装甲機動車は固有の武装はありませんが小銃や機関銃を搭載して車載射撃することができます。
この車両はルーフに防盾と5.56mm機関銃MINIMIが搭載されています。
陸上自衛隊では演習などで空砲射撃や実弾射撃を行う際に赤い旗を掲げますが、航空自衛隊も同じように掲げるそうです。
実弾射撃訓練を行うときは東富士演習場にまで移動しなくてはならないのだとか。






こちらは1トントレーラ炊事車。
トラックで牽引して野外で隊員の食事の調理をする野戦炊飯器です。
隊員は基本的には基地内で生活しますが任務や訓練では必要に応じて基地からはなれて展開することもあります。
その際に隊員の食事の調理を行う万能調理器です。
陸上自衛隊の野外炊具1号ほぼ同じですが細かなところが違うようです。


炊事車のエンジンです。
炊事車はエンジン、炊飯器部、調理部、調理器から構成されています。
200人分の主食・副食を45分以内に同時に調理できる能力があるそうです。


射撃統制レーダ?
実はこれ炊事車の皮むき器です。
この煙突のようなものの中にじゃがいもなどを入れると皮むき処理をしてくれるという優れものです。





 
すごく・・・トラックです・・・
その名もトラック2 1/2t4×4カーゴ
というようですね。
一般的な輸送を行うトラックで最大性記載量は5トンのようです。







こちらは移動電源車です。
電源車といえば航空機のエンジンをかけるのに欠かせない車両ですが、こちらの移動電源車は航空機ではなく、災害時や野外での活動時に電源を供給する装備です。







こちらはランウエイスィーパー。
いわゆるロードスィーパーですがこれは滑走路や誘導路などの清掃に使うものです。
航空機にゴミは大敵。
航空機のエンジンは大量の空気を吸い込んで超高速で回転してるので離着陸時やタキシング時にゴミなどを吸い込むと破損の原因になってしまいます。
そのため滑走路などの清掃は欠かせません。
吸い取ったゴミは後部のタンクに貯められます。
滑走路は離着陸する航空機のタイヤが勢いよく設置するので溶けたタイヤのゴムが滑走路に散らばりますし、小石なども転がっている恐れがあります。
雨が降った次の日には大量のミミズが滑走路にいることも多いのだとか・・・
また、めったにはないですが、万が一ボルトなど航空機の部品が清掃したゴミの中から発見された場合は報告して点検、事故の防止に努めるんだそうです。






救急車です。
自衛隊の基地は危険物も多いのですし、基地内には何千人もの隊員がいます。
作業中の災害や事故が起きたときに患者を救護して病院に送る救急車を自衛隊も装備しています。
航空自衛隊の救急車といえば紺色のハイエースに赤十字と赤色灯が設置された車両がおなじみですが最近はこのような白く塗られた救急車も導入されてるようです。


救急車の中。
ストレッチャのほかにさまざまな救急用資材が装備されています。
ちなみにこの車両はA/TではなくM/Tでした。
一般的な救急車は白い車体に赤いラインが引かれ、赤十字マークがありませんが、自衛隊の救急車は赤十字マークを描かれていますね。






こちらは場外救難車1形(説明板では「1型」、自衛隊装備年鑑では「1形」となってますがどっちなんでしょう・・・?)です。
基地の外で救難活動や災害派遣の際に現場指揮所と基地をつなぐ車両です。


ルーフにはサーチライトや各種無線装置・電話器のアンテナが確認できます。
この無線機で現場指揮所と基地の通信を確保するほか、全国各地の自衛隊基地に電話をかけることができます。
山岳や海浜地区など不整地を走行することも想定してるため走破性が高い車をベースにしていますが、車体は陸上自衛隊で広く使われている高機動車ではなくなぜかメガクルーザーを用いています。







こちらは消防車。
大きな工場やコンビナートなどにも自衛消防隊の消防車がありますが、自衛隊の施設にももちろん配備されています。
こちらは自衛隊施設の建物火災が発生した際に消火活動を行うための消防車です。







でかい!
こちらはセミトレーラ大型給水車とそれを牽引するトラクタ6t(6×4)給水車用です。
航空機事故が万が一発生した場合救難消防車が消火活動を行いますが車内のタンクの容量では余裕がありません。
そこでこの大型のトレーラ給水車で水や消火剤を補給するわけです。
非常に巨大でセミトレーラ給水車は全長10.4メートル、15600リットルの水タンクと750リットルの薬液タンクを装備しています。











こちらは破壊機救難消防車。
いわゆる空港消防車で航空機事故が起きた際の人命救助・救難用の消防車です。
説明板には「A-MB-2」とありましたが自衛隊装備年鑑みると「I-B型」と紹介されてます。
う~ん?
従来配備されていた破壊機救難消防車A-MB-2は昭和47年度から航空自衛隊に配備されましたが、この車両はその後継で平成24年度から配備された新型の救難消防車です。
全長12メートル幅3.1メートルという大型の車両で車内には340リットルのタンクを装備しています。
航空自衛隊の保有する救難消防車はA-MB-1、A-MB-2、A-MB-3とその後継のI-B型、救難消防車Ⅱ型がありますが、特に使い分けはしていないそうです。






こちらは破壊機救難消防車A-MB-3です。
新型航空機に対応する消火・人命救助用の救難消防車両として航空自衛隊では平成元年度から配備された大型の救難消防車です。
サイズは長さ12メートル、幅3.1メートルと非常に大型で450馬力を低回転の200rpmでたたき出す排気量26500ccのV10エンジンを2基搭載しています。
これだけ巨大なのに最大時速100km/hで走れるのですから驚きです。
救難消防車は万が一の航空機事故に備えるために航空機が離着陸するときは必ず滑走路横の定位置で待機しています。
待機場所から現場までいち早く駆けつけることが出来るよう走行性能と長距離から放水できるだけのパワーをもっています。


体験放水もあわせて行われました。
水勢を抑えて子供たちがノズルを握ります。
これはよい思い出になりますね。



以上、浜松広報館車両等展示イベントでした。
Posted at 2016/09/17 08:29:22 | コメント(2) | トラックバック(0) | ミリタリーイベント | 日記

プロフィール

「佐久間挺長ほか潜水艇の慰霊塔がある鯛の宮神社は呉のタクシー運転手さんも知らない場合もあってちょっと行きづらいのですが、あのあたりは安芸地震で結構被害受けたみたいで爪痕がまだ残ってたりします。」
何シテル?   06/23 21:17
ミリタリー関係その他のブログはこちらへどうぞ http://minkara.carview.co.jp/userid/1224622/mylist/all...
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2025/7 >>

  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

リンク・クリップ

桜開花 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2018/03/31 21:59:29
浜松広報館車両等展示イベント 
カテゴリ:ミリタリーイベント
2016/09/27 00:40:45
 
であごすてぃーにWW2傑作機コレクション14「九九式艦上爆撃機」 
カテゴリ:でぃあごすてぃーに
2016/09/27 00:40:01
 

愛車一覧

スバル R2 スバル R2
スバル R2に乗っています。 後席がちょっと狭いですが良い車ですよ(^^)
スバル レヴォーグ レガシィ後継車 (スバル レヴォーグ)
先代が事故で早期引退となってしまったため、導入されたレガシィ後継車です。
スズキ アルト スズキ アルト
10年ほど乗っていた以前の車です。 660CC規格になって初めて乗った車でした。
輸入車その他 その他 輸入車その他 その他
ブログ用の画像です
ヘルプ利用規約サイトマップ
© LY Corporation