2017年12月12日
時事通信社
北朝鮮による拉致被害者曽我ひとみさん(58)の夫で、新潟県佐渡市在住のチャールズ・ジェンキンスさんが11日午後8時52分、致死性不整脈のため佐渡市内の病院で亡くなった。
77歳だった。告別式は15日午前10時から佐渡市窪田19の3の黎明セレモニーホール佐和田式場で。喪主は曽我さん。
ジェンキンスさんは米ノースカロライナ州出身で、元米兵。在韓米軍従軍中の1965年に軍事境界線を越えて脱走し、北朝鮮で暮らした。北朝鮮の学校で英語を教えるなどした。
日本から拉致された曽我さんと80年に結婚し、長女美花さん(34)と次女ブリンダさん(32)をもうけた。
2002年の日朝首脳会談で北朝鮮が日本人拉致を認め、曽我さんが帰国。
ジェンキンスさんは04年に、2人の娘とともに北朝鮮を出国した。経由地のインドネシアで曽我さんと再会し、来日した。
在日米陸軍キャンプ座間(神奈川県)に出頭し、軍法会議にかけられ禁錮30日と不名誉除隊の判決を受けて服役。釈放後、曽我さんの故郷、佐渡市で暮らしていた。
北朝鮮にタイやルーマニアからの拉致被害者とみられる人がいたことも証言した。
05年には北朝鮮での生活をつづった手記「告白」を出版。08年には日本の永住許可を取得した。佐渡市の観光施設「佐渡歴史伝説館」に勤務し、土産物を販売。
観光客との記念撮影にも応じ、親しまれていた。
曽我さんは今年9月の記者会見で、ジェンキンスさんの近況について「高齢のため勤務時間を減らしている」などと話していた。
曽我さんは12日、佐渡市を通じ「突然のことで大変びっくりしており、落ち着かない状態です。今何も考えられないので、後で落ち着きましたらコメントなど出させていただきます」とコメントした。
数年前に、教員の本採用がなかなか通らないと言っていた先生が、
「今年通らなかったら、諦めようかな?」「島にでも行ってみようかな?」と言っていたので、
「通らなかったら、一緒に佐渡に行ってジェンキンスさんに会おうよ」と返事をしたのだが、
結局、その先生は本採用が通ったので立ち消えになったのでした。
いつか、いつか、と言っていて実現しなかった佐渡旅行。
早く行っておけばよかったな・・・
Posted at 2017/12/12 20:33:20 | |
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