遂にレガシィというブランドが無くなることになりました。
昭和から平成へと時代が代わる時、アリゾナの地で10万キロ世界速度記録に挑戦し
見事世界新記録を樹立して華々しいデビューを飾った初代レガシィ。
平成元年1月にデビューした初代レガシィ RS(BC-5A)を
同じ平成元年9月に18歳になり運転免許所得後すぐに買いました。
燃費はほんと悪かったですがスポーティーだけど快適なとてもいい車でした。
デザインもブリスター風のフェンダー採用などでカッコ良かったと思ってます。
当時はテレビ特番で10万キロ速度記録の放送されたりテレビCMで流されたりと今までのスバルのイメージを変え
倒産の噂も聞かれてたスバル(当時は富士重工)の経営危機を回避した救世主となりました。
レガシィでWRCに参戦もし、弱小メーカーながら次第に成績も上がってきて1993年ニュージーランドラリーで初優勝!
あの時はほんと嬉しかったですね。
インプレッサ、フォレスターとレガシィの3車種で車好きの心を掴み
販売面も絶好調でレガシィで月販1万台超え、3車種合わせて月販2万台超えなんて月が何度もありました。
車雑誌もスバルの新車や年次改良の記事が紙面を賑やかせてました。
レガシィが盛り上がってたのは4代目のBP-BLまでですかね。
BP-BLはスバル初の日本カー・オブ・ザ・イヤーも獲得。
このBP-BLでようやく欧州プレミアムブランドとの距離がより近ずいたと期待させました。
しかし景気が悪くなり、北米での拡販を重視し大型化され
今までのコンセプトから変えてきた5代目BR-BMは日本のユーザーには不評でした。
自分もこのBR-BMだけ唯一買わなかったレガシィです。
日本のユーザーには不評でしたがメーカーの思惑どうり北米で大ヒット!
BR-BMの北米での大ヒットのお陰で今のスバルがあるのも事実です。
BR-BMの時はデカ過ぎると思ってたサイズも歳のせいでしょうか?
BS買って乗るようになると「このくらいの方がゆったり乗れていいな」と思うようになり
モデルチェンジした現行BTも買いました。
そのBTも12月に車検を向かえるにあたって買取価格がいいことが判明し売却を決意。
その後にレガシィ終了のアナウンスがメーカーから発表され
最後のレガシィという事で30周年限定モデルの抽選に申し込みました。
500台限定ということで抽選販売、どれくらいの申込数になるのか?
アウトバックはフラッグシップですので販売好調ならSTIスポーツの設定を計画、開発はしてたのでしょうね。
そのダンパーが採用されるのでしょう、これは楽しみ。
ホイールはマットじゃなく艶ありの方が好みだな。
輸出仕様には設定のあるアイボリー内装
汚れが心配ですが特別感はありますね。
この刺繡とエンブレムはいいです。
サンルーフが選べないのが残念ですがこれは仕方ない、諦めよう。
もし当選したならボディカラーは何がいいのか?
第一候補がカシミヤゴールドオパール
このカラー見たことないので今度の休みに展示車がある販売店に見に行きます。
第二候補がマグネタイトグレーメタリック
未塗装樹脂パーツが目立たたずいいのですが傷や汚れが目立ち、夏は暑くて触れないな。
となると結局またクリスタルホワイトパールですか?
BS・BT・またBTで3台連続同じカラーもどうなのよ?と考えたりもします。
まあいろいろ妄想してますが抽選当たらなければ買えません。
どうなりますかね? (^^;
自分の車人生、レガシィに始まりレガシィに終わる・・・
この覚悟で抽選に応募したので当選して欲しいものです。
しかし36年続いたこのレガシィというブランド、消滅させていいのでしょうか?
レガシィ・・・大いなる伝承・・・響きといい、意味といい素晴らしい車名だ。
今のスバル関係者に大いなる伝承はされてるのでしょうか?
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2024/10/26 22:10:33