高浜城(高浜町)
三方を海に囲まれた平山城・高浜城
2006年08月26日
高浜城は永禄8(1565)年、逸見昌経によって築城された若狭で初めての平山城です。
元々、逸見昌経は佐伎治神社の裏山に砕導山城を構えていました。昌経は永禄4(1561)年、若狭国守護武田氏の内紛に乗じ反乱を起こしましたが、同年6月に越前朝倉、武田連合軍との合戦に敗れ砕導山城は落城します。
巻き返しを図る昌経は永禄8(1565)年、高浜湾に突きだした小半島に高浜城を築城します。
高浜城は当時若狭国の城郭が全て山城であるのに平山城であることが注目され、また逸見氏は伝統的に水軍を軍事力の要にしており、大飯町域や舞鶴市域に海城が確認されていますが、高浜城も三方を海に囲まれた海城として機能していたものと思われます。
今も天王山では当時の野面積みの石垣や石段、郭などを見ることができます。
逸見氏の後は、溝口秀勝が城主になり、天正13(1585)年、山内一豊は秀吉に従い紀州征伐・越中戦に参加した功績により1万9千石を受け高浜城主になりました。一豊の後は、木下利房が城主となりました。関ヶ原後は京極高次の支城となり佐々義勝が城主となりますが、酒井忠勝が小浜城主になった寛永11(1634)年に廃城となりました。
平成12(2000)年10月、城域内での下水道工事中に遺構の一部であると思われる石材が出土しました。二の丸と三の丸の境界にあった橋の基礎石である可能性が考えられます。
城は国民宿舎城山荘の奥の半島部分が主郭部で、逸見昌経を祀る、濱見神社が建立されています。神社の名称は「高濱の濱と逸見の見を入れて濱見神社とした」そうです。
近くの城山公園にも説明看板が建っています。
H18.8.25
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R4.12.10(写真差し替え)
住所: 福井県大飯郡高浜町事代
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