飯盛山城〔飯盛城〕(大東市)
三好長慶が本拠を置いた飯盛山城
2007年02月25日
飯盛山城は、標高314メートルの飯盛山に築かれました。
この城は正平〔南朝〕 3年・貞和〔北朝〕4年(1348)年に起こった四条畷(四條畷・四条縄手)の戦いの時、足利軍・高師直の本陣となりました。
戦国時代の享禄4(1531)年、畠山氏の家臣木沢長政が居城として城を整備しました。
次いで交野の土豪であった安見直政が城主となった時期もありましたが、永禄3(1560)年には室町幕府の実力者として畿内に君臨した三好長慶が入城し、政治・文化の中心地となりました。また、長慶はキリスト教に寛容で城下での布教を許可し、多くの家臣がこの城で洗礼を受けています。
長慶は城を大改修し、飯盛山城を本拠としました。長慶が城主だった全盛期には、南北約1200m、東西約500mの城域に、大小約70の郭が築かれたとされ、全国でも有数の山城でした。晩年は松永久秀に実権を奪われ、永禄7(1564)年飯盛山城にて病没しました。
飯盛山城は織田信長の入京により天正4(1576)年頃には廃城となりました。
平成29(2017)年4月6日、「続日本100名城」(160番)に選定されました。
主郭部には石垣などの遺構が確認できます。山上には楠木正行の銅像が建っています。
阪奈道路から、飯盛山城の馬場であった楠公寺までは車で登ることができますが、是非、野崎観音か四条畷神社からハイキングを兼ねて登ってみましょう。山道はいろいろなルートを楽しめます。山上から見る河内平野の眺望は見事!
Photo Canon EOS 30D
H19.2.24
住所: 大阪府大東市大字北条
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