小山城〔祇園城〕(小山市)
小山氏の居城・小山城〔祇園城〕
2007年07月18日
小山城の築城については、小山氏の祖である藤原秀郷との伝承がありますが、正確な築城年代は不明で、記録に現れてくるのは、14世紀後半の頃からです。この城を築いたとき、城の守護神として祇園社(現在の須賀神社)を祀ったため、祇園城とも呼ばれるようになりました。
小山氏は、関東の有力豪族として知られ、初代小山政光以来鎌倉幕府内で勢威を張っていましたが、第十一代義政の時、関東管領足利氏満に反旗を翻したため滅亡しました。(小山義政の乱)
室町幕府の配慮により、同族の結城氏から結城基光の次男泰朝が小山に入り、第二次小山氏の祖となりました。
泰朝はこの小山城の一郭に居を構えたと伝えられますが、場所はよくわかっていないようです。持政の代の時、時勢を鑑みて大いにこの城を拡張整備したといわれています。
天正3(1575)年、北条氏の攻撃により落城し、小山秀綱は佐竹義重を頼り逃亡しました。小山城は北条氏照が大規模に拡張、整備を行ったといわれています。その後、小山秀綱は小山城に戻り、北条氏の配下となりました。
天正18(1590)年の小田原征伐の際、小山氏は北条氏に味方したため、滅亡しました。
その後、慶長13(1608)年、徳川幕府側近の本多正純が3万石で小山城に入りましたが、元和5(1619)年、宇都宮城に転封となり、小山城は廃城となりました。
現在、小山城は主郭部は城山公園になっています。小山市役所付近も小山城の跡ですが、(小山評定跡、小山御殿跡)道路で分断されています。
城山公園は堀、土塁など遺構がよく残っています。
「小山氏城跡(鷲城跡・祇園城跡・中久喜城跡)」の1つ祇園城跡の名称で国の史跡に指定されています。
Photo Canon EOS 30D
H19.6.29
住所: 栃木県小山市城山町1丁目1
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