根来寺(岩出市)
鉄砲集団・根来衆として知られた根来寺
2007年10月28日
根来寺は覚鑁(かくばん)上人が大治元(1126)年、平為里により岩出荘を寄進され、この地に神宮寺を建て、大小神祇一千社を勧請したのが始まりです。
覚鑁上人は肥前国藤津荘(現在の佐賀県鹿島市)で生まれ、13歳で京都・仁和寺の寛助僧正に従い出家得度し、奈良と京都で勉学に励み、永久2(1114)年20歳になると高野山に登り、当時のお山の状況を見て、真言密教の真髄を正しく伝える必要を痛感し、伝法院を建立し教学の興隆を図りました。
後に鳥羽天皇の院宣により、大伝法院をたてるとともに、岡田・山東・弘田・山崎の荘園を下賜され、着実にその成果を収めていましたが、名声があがるにつれ、高野衆徒との間に不和を生じ、保延6(1140)年、根来に移ることになりました。
しかし、康治2(1143)年、根来にて49歳の生涯を閉じられました。
その後、正応2(1228)年、頼瑜(らいゆ)僧正が再び高野山から大伝法院を根来に移し、新義教学の確立を行い、室町時代末期には寺領72万石、子院数2700を数え、鉄砲隊を持つ「根来衆」は数万にも及び隆盛を極め、織田信長や豊臣秀吉に抵抗しました。
天正13(1585)年、秀吉の根来攻めで大伝法院の一角と二、三の寺院を残し伽藍や子院のほとんどを焼失しました。
焼失をまぬがれた大塔・大師堂以外の建物は、江戸時代に紀州徳川家の庇護の元復興したものです。
大塔(多宝塔)は明治32(1899)年に国宝に指定され、高さ40m、幅15mの日本最大の多宝塔です。秀吉に攻められた際の火縄銃の弾痕が残されています。
昭和33(1958)年には庭園が国指定名勝に、平成19(2007)年には境内の一部が国指定史跡となりました。
また、日本さくら名所100選にも選定されています。
拝観時間
夏期 4月~10月 9:10 ~ 16:30
冬期 11月~3月 9:10 ~ 16:00
入山料
大人(中学生以上)500円、小人 無料
H19.10.7
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H27.4.4(写真差し替え)
住所: 和歌山県岩出市根来2286
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