館林城(館林市)
榊原康政、徳川綱吉が居城とした館林城
2008年07月23日
館林城は「城沼(じょうぬま)」を自然の要害とした平城で、別名を「尾曳城」といいます。
築城時期や築城者については詳しくはわかっていませんが、「赤井照光」によって築かれたという説があります。
現在確認されている「館林城」について書かれた最古の古文書は、文明3(1471)年に上杉軍が「赤井文六、文三」の居城である「立林(館林)城」を攻略したという記録があるそうです。
その後、越後の上杉氏や甲斐の武田氏、小田原の北条氏による三つ巴の攻防のなかで「長尾氏」「北条氏」などが館林城を支配するようになりました。
天正18(1590)年の徳川家康関東入封に伴って、徳川四天王の一人榊原康政が十万石で城主となりました。
江戸時代は、榊原、 松平大給、徳川、松平越智、太田、井上、秋元と親藩、譜代大名のが置かれました。これは、は利根川を押さえることができる東北方面への要所として重要視されたためです。徳川綱吉が五代将軍になる前の居城としても知られています。
城の建物の大半は明治7(1840)年に焼失しましたが、現在でも本丸、三の丸、稲荷郭、城下町などの土塁の一部が残されています。
昭和57(1982)年の発掘調査の結果をもとに昭和58(1983)年、土橋門が復元されています。
Photo Canon PowerShot G9
H20.7.12
みんカラマップは土橋門付近、ホームページURLは館林城石碑付近
住所: 館林市城町
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