増上寺(港区)
寛永寺と並ぶ徳川家の菩提寺・増上寺
2008年07月27日

増上寺は、山号は三縁山で三縁山広度院増上寺と称する浄土宗のの大本山です。
明徳4(1393)年に開山され、天正18(1590)年の徳川家康が関東入府の際に、増上寺の前を通りかかり源誉存応上人(普光観智国師存応大僧正)と対面したのがきっかけで徳川家の菩提寺になりました。
当初、増上寺は貝塚にあり、一時日比谷にありましたが、江戸城の拡張に伴い慶長3(1598)年に芝の現在地に移りました。寺領1万石、20数万坪の境内地、山内寺院四十八宇、学寮百数十軒、常時三千名の僧侶が修学する大寺院でした。
その後、明治維新後の神仏分離の影響などにより寺域が縮小され、かつての寺域の一部は芝公園となりました。
太平洋戦争の空襲により、徳川家霊廟や五重塔が焼失。その後更に寺域が縮小され、徳川家霊廟跡地に東京プリンスホテルや、ザ・プリンスパークタワー東京などが建てられています。また、増上寺墓地の一部を取り壊して東京タワーが建設されました。当時の建築物として三解脱門などが残っています。徳川家霊廟は焼失後、昭和33(1958)年調査発掘され、その後桐ヶ谷斎場にて火葬され、墓所は安国殿裏手に移転しました。埋葬されているのは、二代秀忠、五代将軍兄弟の綱重、六代家宣、七代家継、九代家重、十二代家慶、十四代家茂の6人の将軍の他、女性では将軍正室として二代秀忠夫人崇源院、六代家宣夫人天英院、十一代家斉夫人広大院、十三代家定夫人天親院、十四代家茂夫人静寛院の5人、将軍の側室としては三代家光の桂昌院、六代家宣の月光院など5人、その他、将軍の子女を含む計38人です。
正面右側に二代秀忠公の墓所があります。焼失前の宝塔は霊廟室内に祀られ、大変大きなものでありました。しかし、惜しくも木造のため、戦災で焼失。現在は、内室崇源院と共に合祀されています。
静寛院宮の宝塔は当時のもので、実際、家茂公と並んで祀られていました。
増上寺宝物展示室
開館時間 10:00~16:00(最終入場15:45)
休館日 火曜日 ※火曜日が祝日の場合開館
会場 大殿本堂地下1階(旧三縁ホール)
入館料 一般 700円(税込)
※徳川将軍家墓所拝観とのセット券 1,000円
徳川将軍家墓所特別拝観
拝観受付時間 10:00~16:00(最終入場15:45)
拝観冥加料 大人500円(高校生以下無料)
写真上 安国殿
写真下 三解脱門
Photo Canon PowerShot G9
H20.7.13
住所: 東京都港区芝公園4-7-35
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