金山城〔兼山城・鳥峰城〕(可児市・旧兼山町)
斎藤正義が築き、森一族が居城とした金山城
2008年10月06日
金山城は天文6(1537)年斎藤道三は東美濃の攻略のため斎藤正義に城を築かせ、鳥峰城と称しました。
天文17(1548)年久々利城主土岐悪太郎は正義を酒宴に招き殺害し家老土岐十郎左衛門を城代として居城させました。
永禄8(1565)年、織田信長は東濃諸城を攻略すると森可成に鳥峰城を与え、名も金山城と改め東濃支配の拠点としました。
しかし、可成は近江宇佐山の戦いで戦死し、長男の森可隆も朝倉攻めで戦死したため、次男の森長可が城主となり、天正11(1583)年、武田氏を滅亡させた戦功により北信濃の海津城に入りました。
本能寺の変が起きると東美濃の諸将が謀反を企てたため長可は急遽金山城に帰り治めました。
天正12(1584)年、小牧・長久手の戦いで長可は討死したため、末弟の森忠政が金山城主となりました
慶長5(1600)年忠政は信州川中島に転封となり石川光吉が金山城主となりましたが、犬山城を本城としたため金山城は不要となり櫓・門などは犬山城へ運び金山城は廃城となりました。
「蘭丸ふる里の森」として整備されています。石垣や土塁、堀など遺構がよく残っています。
平成18(2006)年可児市が約5年かけて兼山城の発掘調査を行い、当時の茶碗や瓦等の多くの遺物が出土しました。
平成29(2017)年4月6日、続日本100名城(143番)に選定されました。
H20.9.28
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
H31.2.10(写真差し替え)
住所: 岐阜県可児市兼山
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