中禅寺(上田市)
中部地方、長野県最古の建物薬師堂がある中禅寺
2009年01月02日
中禅寺は山号は竜王山、院号は延命院、真言宗智山派の寺院です。かつては独鈷山頂にあり、安然坊が開基しましたが、後にこの地に下り、前山寺末寺になったといわれています。
中禅寺薬師堂は「方三間の阿弥陀堂」という形式で建てられています。方三間とは東西南北のどの方向から見ても柱が4本立っていて、間が三つあることをいいます。
茅葺屋根のてっぺんに、少し先の尖った丸い玉(宝珠)や、その下に四角な台(露盤)をのせて、真上から見ると、真四角な屋根に見えます。これを「宝形造」といいます。扉は正面に3ヶ所、残りの三方に1ヶ所ずつあり、あとみな板を横に張った板壁になっています。このような建て方は、平安時代の終わりごろに行われた形式で、岩手県平泉町にある国宝の中尊寺・金色堂などが、その代表的な例です。
また薬師堂の中ほどに、4本の丸い柱(四天柱)を立て、その中に本尊の薬師如来が安置されています。この様式も中尊寺・金色堂と同じです。
このような特徴から、薬師堂が建てられたのは、平安時代末から鎌倉時代初期と考えられています。約800年前の長野県最古の建物であるばかりでなく、中部日本最古といわれる貴重な建物です。
木像の金剛力士像は長野県宝、薬師如来坐像附木造神将立像は国の重要文化財に指定されています。
木造金剛力士立像は、阿形(右)と吽形(左)の二体があり、それぞれ高さが約207cmで、金剛力士像としては小振りですが、全体のバランスが良く、怒りの表情も誇張を抑えた、都風の典雅な感覚が表現されています。こうした作風は、平安時代後期の醍醐寺像や峯定寺像(いずれも重文・京都府)と共通しています。細部では腰帯やポーズの取り方、指の開き方などに平安後期様式の金剛力士像の特徴があり、12世紀末頃の制作と考えられています。
平安後期の金剛力士像は長野県内はもとより全国的にも数が少なく、当寺院及び当地方の繁栄を具体的に伝える資料として、薬師堂及び薬師如来像(いずれも重文)とともに貴重な作例です
拝観時間 9:00~16:00
薬師堂入山料 一般200円 高校生以下50円
Photo Canon EOS 30D
H20.12.27
住所: 上田市前山1721番地
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