八戸城〔八戸陣屋〕(八戸市)
八戸藩南部氏の居城・八戸城(八戸陣屋)
2009年08月23日
八戸城は、建武元(1334)年陸奥国司北畠顕家の国司代南部師行が糠部郡八戸に根城を築いて間もない時に、その孫信助が支城としてこの地に中館(なかだて)を築いたのが始まりとされています。根城南部氏はは根城・ 中館および新田館に居住し、八戸地方を治めてきました。
三戸南部氏を継いだ南部信直は根城南部氏を傘下におさめ、江戸時代、信直の子南部利直は、寛永4(1627)年に根城南部氏を遠野に移して、八戸を直支配とし、みずから縄張りをして近世の八戸城を築きました。
寛文4(1664)年、南部重直が後嗣を定めないまま没したとき、 幕府は遺領10万石を分割し、南部重信に本家盛岡8万石と、南部直房に2万石が与えられ八戸藩が誕生しました。
寛文6(1666)年、直房は八戸城に入り、幕末まで八戸藩南部氏の居城でした。
八戸藩南部氏は城主格でしたが、八戸城は陣屋扱いで八戸陣屋といわれていました。
本丸は三八城公園(みやぎこうえん)となっており、新羅三郎義光・南部光行・南部直房を祀る三八城神社があります。ちなみに「三八城」は、三戸郡の「三」、八戸城の「八」、「城」でみやぎと読みます。(みんカラマップ)
また、南部直房公銅像が建てられています。
三八城公園の向かい側の南部会館の表門は、八戸城角御殿表門として使用されていた門です。(関連情報URL)
Photo Canon EOS 30D
H21.7.27
住所: 青森県八戸市内丸1丁目1−69
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