麟閣(会津若松市)
千利休の息子少庵の作・茶室麟閣
2005年11月10日
麟閣は、会津若松城本丸にあります。
豊臣秀吉の奥州仕置により天正18(1590)年蒲生氏郷が会津黒川城の城主となりました。
氏郷は黒川を若松と改め城下町を発展させました。氏郷は織田信長の娘婿で勇猛な武将であるとともにこの時代を代表する文化人で、特に茶道に親しみ、のち利休七哲の筆頭にあげられるほどでした。
天正19(1591)年2月28日、千利休が秀吉の怒りに触れて死を命じられ、千家が茶の湯の世界から追放された折り、氏郷は利休の茶道が途絶えるのを惜しんでその子、少庵を会津にかくまい、徳川家康とともに千家復興を秀吉に働きかけました。
その結果、文禄3(1594)年と推定される「少庵召出状」が出されたのです。
少庵は京都に帰って千家を再興し、千家茶道は一子、宗旦(そうたん)に引き継がれました。
そののち宗左、宗室、宗守の3人の孫によって表、裏、武者小路の3千家が興され、今日の茶道隆盛の基が築かれました。 かくまわれている間、氏郷のために造ったと伝えられているのが「麟閣」であり、以来、鶴ヶ城(若松城)内で大切に使用されてきました。
しかし、戊辰戦争で会津藩が敗れ、明治初年、鶴ヶ城が取り壊される際、石州流会津怡渓派の森川善兵衛(指月庵宗久)は貴重な茶室の失われるのを惜しみ、明治5年(1872)年5月、自宅へ移築し、以来百二十年にわたり、森川家はその保全に努めてこられました。
会津若松市では平成2(1990)年9月12日、市制90年を記念してこの氏郷・少庵ゆかりの茶室を後世へ伝えるため、鶴ヶ城内の元の場所へ移築しました。
開園時間 8:30~17:00(入場締め切りは16:30)
定休日 無休
料金 麟閣 大人200円、小中学生無料
天守閣共通券 大人500円、小中学生150円
お抹茶 一席 500円(お菓子付)
H11.9.9
Photo Canon EOS 5D MarkⅡ
H24.12.29(写真差し替え)
住所: 福島県会津若松市追手町1-1
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