足助城〔真弓山城〕(豊田市・旧足助町)
足助城は、真弓山城という足助鈴木氏の城です。
飯盛山城、真弓山城(足助城)・臼木ヶ峯城、大観音城、城山城、 成瀬城、黍生(きびゅう)城が足助七城と呼ばれています。
足助城は、「真弓山城」とも呼びますが、「松山城」「足助松山の城」とも呼んだようです。鎌倉時代に足助氏が居城したという、「足助七屋敷(足助七城)」の一つとも伝えられますが、今回の発掘調査では、この時代の遺物は発見されず、現在残された遺構は、15世紀以降に鈴木氏が築城した跡と考えられます。
鈴木氏は、戦国時代に西三河山間部に勢力をもっていた一族です。そのうち、足助の鈴木氏は、忠親→重政→重直→信重→康重と5代続き、初代忠親は、15世紀後半の人といわれます。16世紀に入ると、岡崎の松平氏との間で従属離反を繰り返しますが、永禄7年(1564)以降は、松平氏のもとで、高天神城の戦いなどに武勲をあげます。
そして、天正18年(1590)康重のとき、徳川家康の関東入国に従って、足助城を去りますが、間もなく家康から離れ、浪人したと伝えられます。
足助城は、標高301mの真弓山の山頂を本丸としています。真弓山は、足助の町並みを眼下に見下ろすことができる要衝の地にあります。
発掘調査に基づき、綺麗に中世の山城が復元されているのには感心。ふるさと創生1億円+旧足助町が4億ほどで計5億程度かかったそうです。
入城料 大人300円 高校生100円
営業時間 9:00~16:30(入城は16:00まで)
休業日 木曜日(ただし、4月29日~5月5日及び11月を除く)
年末年始(12月25日から1月5日)
Photo KonicaMinolta Dimage A2
H17.11.12
住所: 豊田市足助町須沢39-2
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