岬神社〔土佐稲荷〕(京都市中京区)
土佐藩邸京屋敷内にあった岬神社(土佐稲荷)
2010年07月22日
岬神社(土佐稲荷)の祭神は、倉稲魂命、石栄神です。
社伝によれば、室町時代の初期の貞和4(1348)年、鴨川西寄りの中洲の岬に祠を建てて祀られたのが始まりで、その後江戸初期になって、備前島町に建てられた土佐藩京屋敷内に遷座される折、倉稲魂命、石栄神二座を祭神とし、一般に「お稲荷さん」の愛称で親しまれている倉稲魂命を祀るため、土佐稲荷と呼ばれるようになりました。
以降、土佐藩士のみならず、先斗町、木屋町の町衆からも近隣の産土神として崇敬され、町衆にも屋敷内の通り抜け参詣を許すなど異例の措置をとったそうです。
藩士の信仰も厚く、坂本龍馬や中岡慎太郎も詣でていたそうです。
しかし、明治維新になり土佐藩京屋敷が売却されるとき、一時、下大阪町に奉還され、その後幾多の変遷を経て備前島町の近江屋(初代・井口新助)が、元土佐藩用人邸を買い取り、明治20(1887)年遷座したのが現在地です。
大正2(1913)年には先斗町・木屋町その他近隣在の信徒が募金を行って大規模な造営を行い、現在の社殿が建立されました。
さらに近年におよび先斗町・木屋町など周辺の有力町衆信徒により、崇敬会が設立され、浄財により社殿及び明治10(1877)年より伝わる『みこし』も完全に修復し今も近隣の町衆の崇敬を集めています。
Photo Canon PowerShot G9
H22.7.8
住所: 京都市中京区備前島町
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