新薬師寺(奈良市)
光明皇后により創建された新薬師寺
2005年12月21日

新薬師寺は山号は日輪山、華厳宗の寺院です。
天平19(747)年、聖武天皇病気平癒を祈願して、光明皇后によって創建されました。
聖武天皇は、天平15(743)年、大仏造立を発願し、近江国紫香楽宮において行基菩薩をはじめ多くの人々と大仏造立に着手されました。
しかし、天平17(745)年に入り山火事と地震が頻発したため、工事を中断して平城宮に戻られました。大仏造立は、平城宮の真東の山麓で再開されましたが、天皇ご自身は体調を崩されました。
そこで、天皇の病気を治すため、都とその近郊の名高い山、きよらかな場所で薬師悔過が行われ、都と諸国に薬師如来七軀を造立し、薬師経七巻を写経することが命じられました。
これをきっかけに、光明皇后によって春日山、高円山の麓に新薬師寺(当初は香山薬師寺、香薬寺)が造営されました。
天平勝宝3(751)年に新薬師寺で聖武天皇のための続命法が行われ、天平勝宝4(752)年に東大寺で大仏開眼供養会が営まれました。
新薬師寺の金堂には、七仏薬師(善名称吉祥天如来、宝月智厳光音自在王如来、金色宝光妙行成就如来、無憂最勝吉祥如来、法海雷音如来・法海勝慧遊戯神通如来、薬師瑠璃光如来)がまつられていました。金堂は、平安時代の応安2(962)年の大風により倒壊し、現存していませんが現在の本堂の西方約150mやや南寄りにあり、堂内に七仏薬師、脇侍の菩薩二軀ずつ、十二神将が並んだ東西に長いお堂(約60m)だったことが最近の発掘調査で確認されました。その他に壇院、薬師悔過所、政所院、温室、造物所、寺園、東西の塔が存在したことが史料からわかります。
鎌倉時代までに東門、南門、地蔵堂、鐘楼などが建てられ、本堂を中心とした現在の伽藍が整備され、修理を繰り返し現在に至っています。
現在でも毎年1月8日と4月8日には薬師悔過が行われます。
現在の本堂は、奈良時代の建物で国宝ですが、当初は本堂ではなく修法を行うためのお堂であったと考えられています。
本尊の木造薬師如来坐像、塑造十二神将立像は国宝です。ただし、波夷羅大将像(新薬師寺・国指定では宮毘羅)のみは江戸時代末期の地震で倒壊し、昭和6(1931)年に細谷而楽が補作したもので国宝の指定対象外となっています
(パンフレットなどより)
拝観時間 9:00〜17:00
拝観料 大人600円 中学生、高校生350円 小学生150円
H16.3.4
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H26.9.3(写真差し替え)
住所: 奈良県奈良市高畑町1352
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