井波別院瑞泉寺(南砺市・旧井波町)
井波大工の力作、彫刻が素晴らしい井波別院瑞泉寺
2010年12月21日
真宗大谷派井波別院瑞泉寺は、真宗大谷派の寺院で山号は杉谷山(さんこくさん)、本願寺第5世綽如上人の開創で、後小松天皇の勅願所です。
永和年間(1375-79)、綽如上人は杉谷の山中に草庵を結んでいましたが、青蓮院門跡から推挙されて、中国から朝廷に送られた難解な国書を約し、国の体面を保ったことから後小松天皇に認められました。
その結果北陸真宗の中心寺院を建立することを勅許され、明徳元(1390)年に越中に戻った綽如上人が直ちに勧進帳を作られ、加賀、能登、越中、越後、信濃、飛騨の6ヶ国の有縁の人々から浄財を募ってできたのが瑞泉寺です。巡教でこの地を訪れた際、霊地と悟り勧進状をしたため開いたのが始まりと伝えられています。最初は現在地の東側にありました。
中世には当地方の一向宗の中心として加賀、越中、能登の一向宗寺院に号令出来る格式を得ましたが、石黒氏など周辺領主と対立したことで、文明13(1484)年には井波城として大改修され境内の周りに堀や土塁を築き、上杉謙信とも戦いました。
天正9(1581)年、佐々成政に攻められて堂宇が焼失しました。
天正13(1585)年にはに現在地に堂宇が再建されました。
現在の瑞泉寺山門は宝暦12(1762)年の火災後再建されたもので天明5(1785)年、京都の大工柴田新八郎によって建て始められましたが、工事中に本山の東本願寺が焼失したため、井波大工の松井角平が棟梁を受けついで文化6(1806)年に上棟しました。明治12(1879)年の火災を免れたのは井戸から山門正面に彫刻の竜が水を巻き上げ消火したと伝えられています。
本堂は明治18(1885)年の再建、太子堂は大正7(1918)年の再建です。
井波大工の力作である井波彫刻の素晴らしさを随所に見ることができる寺院です。
寺宝も多く綽如上人の勧進状と後花園天皇宸翰消息が国指定重要文化財に、絹本著色聖徳太子絵伝(8幅)が国重要美術品に、本尊木造阿弥陀如来立像(平安時代作)が富山県指定重要文化財にそれぞれ指定されています。
拝観時間 8:30〜16:30
拝観料 一般300円、中学生200円、小学生100円
Photo Canon EOS 5D MarkⅡ
H22.11.21
住所: 富山県南砺市井波3050
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