高松城〔三入高松城〕(広島市安佐北区)
熊谷氏の居城・高松城〔三入高松城〕
2011年04月17日
高松城は、熊谷氏の居城です。
承久の変の後、安芸国三入庄の地頭職を与えられ、武蔵国熊谷郷から大林の伊勢が坪に移って来て居城を構えましたが、に三入庄の南の入り口に位置するこの高松山へ居城を移しました。
築城は四代目直経の時代でしたが、実際の入城は勢力が強大になった十二代目信直の時代と思われます。しかし入城の年代には諸説があって明確ではないそうです。
熊谷氏は武田氏に随っていましたが、後に毛利氏の傘下に入り毛利輝元が天正19(1591)年に広島城を築いて移城すると、熊谷氏もこの高松城を廃して広島に入りました。
更に熊谷氏は、関ヶ原の戦いの後に毛利氏に従って山口県の萩に移りました。
西方眼下に根の谷川が南流し、北方は桐原の渓谷が大きく空掘の役目を果たしたこの急傾斜の高松城は、容易に人馬の登はんを許さず、守りやすく攻めにくいこの近辺では希に見る名城と言われ、鎌倉時代の典型的山城です。
山頂近くに本丸、二の丸、馬場(井戸跡がある)、鐘ノ段、明覚寺跡、与助の丸など大きい郭が残っています
熊谷氏の遺跡として、この高松城跡と伊勢が坪城跡(大林)、菩提所観音寺跡(三入)、土居屋敷跡(三入)の四つが広島県の史跡指定を受けています。
高松山上には享保5(1720)年に建てられた高松神社があります。毎年5月最後の土・日曜日に大文字祭りが行われています。
(説明看板などより)
城跡は、南西側から登りました。(登城口はリンクURL)
Photo Canon EOS 5D MarkⅡ
H23.3.17
住所: 広島県広島市安佐北区可部町大字下町屋
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