穴水城(穴水町)
穴水城は、長谷部信連が築城したと言われていますが、正確な築城時期は不明だそうです。
信連の子孫長氏の居城となり、家譜に依れば8代正連から21代連龍までの約200余年、長家の居城だったそうです。
長氏は室町時代には能登守護畠山氏の支配下に組み込まれました。
天正4(1576)年、畠山氏の居城七尾城は上杉謙信の攻撃を受け、天正5(1577)年には親上杉派の遊佐続光や温井景隆らが謙信に内応したこともあり落城し、長続連・綱連父子は討死しました。
しかし、長続連の三男で宗先を称して孝恩寺の住職になっていた長(好連)連龍が天正6(1578)年穴水城を回復しました。しかし、上杉方の遊佐・温井勢の攻撃を受けて越中に逃れたり一進一退をくりかえし、天正8(1580)年にかけて、何度か穴水城の攻略奪回が繰り返されました。
天正9(1581)年、前田利家が能登を支配して入部してから領内は安定しました。連龍は鹿島半郡の領有を許されて利家の与力に組み込まれました。このため連龍は穴水城から鹿島郡に拠点を移しました。その後、この城は役目を終え、廃城となりました。
城跡は公園として整備され、車で登ることができます。
Photo Canon EOS 5D MarkⅡ
H23.7.22
※穴水町はかつては鳳至郡(ふげしぐん)といいましたが、平成17(2005)年、能都町・柳田村が珠洲郡内浦町と合併して能登町となったため鳳至郡と珠洲郡の境界が無くなり、鳳至郡と珠洲郡の区域を併せて鳳珠郡(ほうすぐん)が新設されました。
住所: 石川県鳳珠郡穴水町川島
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