玉泉寺(下田市)
日本最初の米国総領事館・玉泉寺
2006年02月11日

玉泉寺は、山号は瑞龍山、曹洞宗の寺院です。
戦国時代の天正以前は真言宗の草庵でしたが、天正の初めに開山一嶺俊栄和尚の来錫によって曹洞宗に改宗され、現在に及ぶこと26世400年の歴史を有する古刹です。
安政元(1854)年に締結された下田追加条約によってアメリカの休息所・埋葬所となり寺域内に同国人の墓地が設けられることになりました。続いて安政3(1856)年7月アメリカ総領事タウンゼント・ハリスは下田に上陸しました。そして8月5日この寺を住居とし翌日星条旗が庭高く掲げられました。ハリスはオランダ人通訳ヒュースケン、中国人召仕と共にここに滞在しました。
ハリスは安政4(1857)年5月、下田奉行との間に日米金銀貨は同種同量で交換すること、米側に領事裁判権を認めることなどを内容とした下田協約を結びました。さらに、江戸へ出府して通商開始の努力を続け、安政5(1858)年6月、ポーハタン号艦上で日米修好通商条約の調印に成功しました。同内容の条約が、蘭・露・英・仏との間にも結ばれました。
通商条約により横浜開港が決まり、以後安政6(1859)年5月、領事館は閉鎖されハリスはその使命を終えて下田を去り、江戸麻布善福寺へと去りました。
本堂はハリスの居室、ヒュースケンの居室及び事務室があり、当時の規模をよく伝えており幕末外交史上重要な史跡です。
天保6(1835)年に当山19世大陵道眉大和尚の発願により、嘉永元(1848)年3月20世翠岩眉毛和尚の代に間口7間半、奥行き7間、総欅造りの堂于として現在の本堂が落成しています。
大正15(1926)年、渋沢栄一子爵と日米協会の援助の下、本堂の大修繕が行われました。
尚、本堂の北側にペリー艦隊のアメリカ人5人の墓地、南側にロシア人ディアナ号乗員3名、アスコルド号乗員1名の墓地があります。
境内には「カーター大統領の訪問記念碑」「屠牛供養塔」「牛乳の碑」「ハリス記念碑」などがあります。
安政5(1858)年2月米国総領事タウンゼントハリスは、政務多忙を極め病床にありました。侍女お吉は、ハリスが牛乳を欲するのを知り、禁を犯して下田近在から、和牛の乳を集めハリスに毎日与えたということです。その時ハリスが15日間飲んだ九合八勺の牛乳の代価が一両三分八十八文之は、米三俵分に相当したといいますから当時牛乳が如何に高価で貴重なものであったかが分かります。このことが日本に於ける牛乳売買の初めといわれます。
記念館にはハリス在任当時の史料など多数展示されています。
(現地説明板などより)
ハリス記念館
開館時間 8:30〜17:00(16:30最終入館)
入場料 大人400円 小人200円
H13.9.8
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H28.3.5(写真差し替え)
住所: 静岡県下田市柿崎31‐6
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