岩村城(恵那市・旧岩村町)
女城主の里・日本最大山城の一つ岩村城
2006年02月12日
岩村城は大和高取城、備中松山城と並ぶ日本三大山城の一つです。別名を霧ヶ城といい、源頼朝の御家人加藤景廉が遠山荘地頭に補せられたのに始まります。景廉の長男景朝が岩村に移り、加藤の姓を地名の遠山に攻め、以降遠山氏が代々居城しました。
戦国時代、遠山景任の妻で織田信長の叔母に当たるおつやの方が景任亡き後女城主となりました。天正元(1573)年に武田方の秋山信友の攻略を受けたが、講和の条件として信友の妻になりました。
長篠の戦いの後、織田信忠の攻略を受け、城は落城しました。開城の際、助命が約されていたが織田方はこれを翻し、信友夫妻ら5名が長良川河川敷で逆さ磔となり処刑されました。
その後、河尻秀隆が城主となり城の改造を行い現在の城郭に近いものとなりました。河尻秀隆が甲斐国に移封となると、森氏の居城となり蘭丸、長可、忠政の3代続きました。その後、田丸直昌が城主となりましたが、慶長5(1600)年関ヶ原の戦いで西軍に属したため、松平家乗(大給松平家)が城主となりました。江戸時代の城主は松平氏2代、丹羽氏5代の後、大給松平分家の松平氏7代を経て明治維新を迎えました。
廃城令により、明治6(1873)年に城は解体され石垣のみとなりました。
平成18(2006)年、日本100名城に指定されました。
立派な石垣が残る、見応えのある山城です。
※平成16年(2004)年10月25日に岩村町は恵那市と合併しました。
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H20.9.28
Photo Canon EOS 5D MarkⅡ
H24.6.23(写真差し替え)
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