大鳥大社(堺市西区)
日本武尊と大鳥連祖神の二柱を御祭神とする大鳥大社
2012年06月12日
大鳥大社の御祭神は、日本武尊と大鳥連祖神の二柱で、和泉国一宮にあたる延喜式内社です。
日本武尊は、伊勢国能褒野で薨去した後、白鳥に姿を変え、大和琴引原、河内国古市を経て最後に大鳥の地に舞い降りたとされています。神域は千種森といわれ、樹木が密生しています。白鳥が舞い降りた際、一夜にして樹木が生い茂ったという伝説もあります。もう一柱のご祭神である大鳥連祖神は、和泉国に栄えた神別である大中臣と祖先を一にする大鳥氏と言う部族の先祖をお祀りしたもので、平安時代初期に編纂された古代氏族名鑑である「新撰姓氏録」には天児屋根命(あめのことやねのみこと)を祖先とすると伝えられています。
同じく式内社の大鳥北浜神社、大鳥美波比神社、大鳥井瀬神社、大鳥羽衣浜神社と併せて、大鳥五社明神と呼んでいます。
本殿は、わが国神社建築史上、大社造りにつぐ古い様式で、大鳥造りと呼ばれている切妻造の妻入り神社建築です。
社殿は、天正年間(1573年~1592年)の兵乱によって炎上し、慶長7(1602年)年豊臣秀頼によって再興されましたが、大坂の陣で焼失し、寛文2(1662)年には徳川家綱の命により堺町奉行石河土佐守の手によって再建され、明治35(1902)年には特別保護建造物(現在の重要文化財)に指定されました。しかし明治38(1905)年に焼失し、明治42(1909)年に古式どおり造営されたものです。
平清盛・重盛父子も平治元(1159)年熊野参詣の途中当社に参拝し、清盛は「かいこぞよ、帰りはてなば飛びかけり、育み立てよ大鳥の神」と詠み、富岡鉄斎(当社大宮司)の筆による石碑が建てられました。
境内には与謝野晶子歌碑もあります。
Photo SONY NEX-7
H24.6.3
住所: 大阪府堺市西区鳳北町1-1-2
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