三井寺〔園城寺〕(大津市)
智証大師円珍が再興した三井寺
2006年03月07日
三井寺〔園城寺〕は、山号は長等山、天台寺門宗の総本山です。
大友皇子の皇子の大友与多王は父の霊を弔うために 「田園城邑(じょうゆう)」を寄進して寺を創建しました。
天武天皇から「園城」をという勅額を賜わったことから「長等山園城寺」が正式名称です。天智・天武・持統天皇の三帝の誕生の際に 御産湯に用いられたという霊泉があり「御井の寺」とよばれていたことから「三井寺」と一般的に呼ばれています。
近江八景の一つ「三井の晩鐘」でも知られています。
貞観年間(859〜877)、智証大師円珍が天台宗別院として再興しました。東大寺・興福寺・延暦寺と共に「本朝四箇大寺(しかたいじ)」の一つに数えられ、 南都北嶺の一翼を担ってきました。
円珍の死後、円珍門流と慈覚大師円仁門流の対立が激化し、 正暦4(993)年、円珍門下は比叡山を下り一斉に三井寺に入ります。 この時から延暦寺を山門、三井寺を寺門と称し天台宗は二分されました。
両派の対立や源平の争乱、南北朝の争乱等による焼き討ちなど幾多の法難に遭遇しましたが、文禄4(1595)年には豊臣秀吉は、三井寺に闕所の命を下し、堂塔を破壊、寺領を没収し、金堂は延暦寺に移築されて西塔釈迦堂となりました。
慶長4(1599)年、豊臣秀吉正室・北政所により金堂再建。この頃より諸堂が復興され、慶長6(1601)年には、徳川家康が伏見城内の楼門(旧常楽寺楼門)、三重塔(旧比蘇寺三重塔)を移して寄進し、慶長7(1602)年には毛利輝元により一切経蔵が寄進されました。
拝観時間 8:00〜17:00
※指定文化財収蔵庫は8:30〜16:30まで
入山料 大人600円 中高生300円 小学生200円
H12.5.19
Photo Canon EOS M3
H29.4.9
住所: 滋賀県大津市園城寺町246
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