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意冨良神社(長浜市・旧木之本町)

木曽義仲が上洛の途次祈願するなど武将たちの崇敬を集めた意冨良神社(おほふらじんじゃ)
2012年12月03日
カテゴリ : 滋賀県 > 観光 > 社寺・教会
意冨良神社(おほふらじんじゃ)の草創は飛鳥時代と言われ、往時は近江国四祓所の一社として大社でした。
裏山の大洞山は古来霊峰として神域視され、山麓一帯は里宮と呼ばれていました。山腹にも三社があり共に天武天皇の御代、白鳳4(676)年の鎮座と伝えられています。麓の宮は王布艮天王社或は天王宮といい、奈良時代には神宮寺とも称されていました。
祭神は牛頭天王又は田上天王とも申し、梨迹臣命と合せて、当地開拓の祖神として崇められ、延喜式内社でした。
かつては田部地先の北国往還路に一の鳥居があり、旅人が乗馬のまま通るとよく落馬したという伝えがあります。
寿永2(1182)年5月、木曽義仲が上洛の途次、当社に祈願しました。その時兜を置いた石を「兜石」と各付け、現存しています。
観応2(1351)年8月足利氏八相山合戦の時、将軍桃井若狭守直常が上の宮に加護を祈りました。
また豪族井口弾正源正は当社を厚く崇敬し、応安6(1373)年12月大般若経を寄進しました。
天正年間、織田信長が小谷城攻略の時田上山城を攻め、朝倉義景は敗北し、同時に社殿は焼失してしまいました。
幸い、御神像は御安泰で麓の天王宮に合祀されました。天正11年(1583)賤ヶ岳の戦いで再び兵火に遭遇しましたが、慶長6(1601)年豊臣秀頼が再建し、延宝4(1676)年には井伊玄蕃頭が奉拝しています。
明治6(1873)年意冨布良神社と改め、明治18(1885)年郷社に列し、大正14(1925)年県社に昇格しました。
(現地石碑より)

Photo SONY NEX-7
H24.11.3
住所: 滋賀県長浜市木之本町木之本488

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