奥殿陣屋(岡崎市)

奥殿陣屋は、1万6千石の親藩、奥平松平家の陣屋です。松平親忠の二男・乗元が大給(豊田市)に大給松平を興し、その5代目真乗の長男・家乗は岩村城主(岐阜県)となり、 その後、明和元年(1764)西尾藩主として続きますが、奥殿藩の初代,大給松平真次は真乗の二男です。真次は大坂夏の陣で活躍したのち大給に陣屋を構えました。真次の子・松平乗次は、大坂定番となって摂津国・河内国・丹波国などで1万石を加増され、1万6000石の大名となりました。
宝永元年(1704年)、第3代藩主・松平乗真の代に、近畿地方など領地1万2000石に代り、信濃国佐久郡田野口に同石高の領地が与えられました。。また乗真は、大給が山間にあって交通の便も悪く手狭となったことを理由とし、正徳元年Ω真次の子・松平乗次は、大坂定番となって摂津国・河内国・丹波国などで1万石を加増され、1万6000石の大名となった。
宝永元年(1704年)、第3代藩主・松平乗真の代に、近畿地方など領地1万2000石に代り、信濃国佐久郡田野口に同石高の領地が与えられた。また乗真は、大給が山間にあって交通の便も悪く手狭となったことを理由とし、正徳元(1711)年4月28日、藩庁を領内の奥殿に移転しました。
文久3(1863)年に信濃国佐久郡田野口村(長野県佐久市)に龍岡城を築城して藩庁を移すまで奥殿藩の中心となりました。なお、藩庁の移転をおこなった最後の藩主松平乗謨(明治維新後に大給恒と改名)は、博愛社(日本赤十字社の前身)の設立に尽力した人物として知られています。
春のユキヤナギ、スイセンからバラ・花菖蒲・あじさい・ユリ・はぎ・もみじ・つばきなど四季折々に美しく咲きほこる花園の里です。
場内には、書院、金鳳亭、蓬莱の庭、資料展示室、花火資料室、玄々斎宗室生誕碑、歴代藩主の廟所があります。書院は本拠地を田野口(旧臼田市、現佐久市)に移した頃、桑原町の龍渓院に移築されました。現在の書院は、昭和60(1985)年にに龍渓院の庫裡として使用されていたものを奥殿陣屋に再移築し再整備したものです。
NHKの連続テレビ小説「純情きらり」のロケも行われた。岡崎観光きらり百選に選定されています。
営業時間 9:30~16:30
定休日 月曜日(祝日時は翌日)年末年始
Photo Canon EOS IXE
H12.2.19
住所: 愛知県岡崎市奥殿町
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