法眼寺(行方市・旧玉造町)
法眼寺は、山号は医王山、曹洞宗の寺院です。本尊は不動明王、芹沢地区一帯を治めていた芹沢氏の菩提寺であり、新選組の初代筆頭局長となった芹沢鴨の先祖や縁者の墓所があります。
元々は芹沢山大聖院東福寺といいましたが、芹沢氏が東福寺の改築を水戸藩に願い出たところ、かつての佐竹氏の太田礼堂(宝源寺)を合併することを条件に、寛文8(1668)年徳川光圀から許可され、医王山法眼寺として再興しました。
「新選組を創った男 芹澤鴨・平間重助の顕彰碑」が建っています。
また、隣には、「芹沢鴨が愛したお梅の碑」が建っています。
石碑は概略次のとおり刻まれています。
「文久3(1863)年9月16日、芹沢鴨は京都の八木邸で暗殺されましたが、ともに遭難したお梅は菱屋太兵衛の妾という通説でしたが、近年の調査では菱屋太兵衛は当時独身で、町の総年寄という高い身分にあり、新選組屯所が置かれた前川家の縁戚であるということが判明し、お梅は菱屋の身内であることが分かりました。また、お梅は実家の菩提寺である京都長圓寺の総墓に埋葬されたと思われます。平成22(2010)年9月19日、総墓の土を持ち帰り、芹沢鴨の顕彰碑の隣にこの碑を建立することにより、お梅の汚名を雪ぎ、その土を埋葬することで、落命以来、永年離れた二人の霊が芹沢鴨の郷里で再会し、未来永劫の愛を育むことを祈念したい」とあります。
Photo SONY NEX-7
H25.7.13
住所: 茨城県行方市芹沢505
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