真壁城(桜川市・旧真壁町)
真壁城は、承安2年(1172)、常陸大掾多気直幹の4男・長幹が築城し、真壁氏を称しました。
文治5(1189)年、真壁六郎長幹は、常陸守護の八田知家に従って頼朝の奥州藤原の征討に加わり、建久元(1190)年、源頼朝に伴い上京し、勢力を拡大しました。
南北朝時代、6代幹重は南朝方の北畠親房を助けたために、北朝方に攻められ落城しました。
応永9(1422)年、小栗満重に味方した12代慶幹は、応永13(1426)鎌倉公方・足利持氏に攻められ、翌年、真壁城は落城しますが、その子7代朝幹が上杉禅秀の乱で足利持氏を助け武功をたてたため、真壁氏は復興しました。
17代久幹は「鬼道無」と呼ばれ、佐竹氏や北条氏と結びつきを強め、18代氏幹の時は弘治2(1556)年に小田氏治と、天正13(1585)年に北条氏直と戦っています。
19代房幹は、柿岡城に移りますが、関ヶ原の戦いの後佐竹氏が慶長7(1602)年秋田に移封された際、これに従い真壁の地を去りました。
この後、真壁城には慶長11(1606)年浅野長政が隠居料として真壁5万石を家康から与えられ、長政が没した慶長16(1611)年浅野長重が2万石で入りましたが、元和8(1622)年、笠間へ移ります。
寛永元(1624)年、稲葉正勝が1万石で入城し、寛永5(1628)年に下野真岡藩を正勝が継ぐと廃藩となり、真壁は天領となりました。
昭和9(1934)年、本丸の一部が茨城県指定史跡となりました。
平成6(1994)年に国の史跡に指定されました。
現在、本丸跡は真壁第一体育館となっていますが、周辺の土塁や空堀はよく残っていると思います。
Photo Canon EOS 5D MarkⅡ
H25.7.14
住所: 茨城県桜川市真壁町古城377
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