江戸城(千代田区)
太田道灌が築城し、徳川氏の天下普請で大城郭となった江戸城
2013年09月08日

江戸城は長禄元(1457)年に太田道灌により築城されました。
文明18(1486)年に太田道灌が上杉定正に暗殺され、扇谷上杉氏の城となりました。
永正2(1505)年、上杉朝良が隠居城としました。大永4(1524)年、北条氏綱が武蔵高輪原の戦いにより落城させ、北条氏が城代を置きました。
天正18(1590)年に北条氏が滅亡し、徳川家康が居城をここに定めました。
慶長8(1603)年、徳川家康が征夷大将軍になると、翌年より埋め立てによる城下の拡張が開始され、慶長11(1606)年には江戸城の西の丸、北の丸の増設や外郭の整備などの大増築工事が開始されました。
慶長12(1607)年には、慶長期天守が、元和8(1622)年には元和天守が完成。寛永13(1636)年には総構えが構築され、寛永15(1638)年には寛永天守が完成しました。
明暦3(1657)年の明暦の大火では寛永天守、本丸、二の丸、三の丸が焼失しました。以後天守は再建されず、万治2(1659)年、本丸御殿が再建されました。
慶長4(1868)年4月4日、江戸城は新政府軍に無血開城され、10月13日に東京城(とうけいじょう)に改名されました。明治2(1869)年には東京奠都、東京城は、皇城と称されました。
明治6(1873)年、西ノ丸御殿が焼失し、明治21(1888)年に明治宮殿が完成し、宮城(きゅうじょう)と改称されました。
大正12(1923)年9月1日、関東大震災で大きな被害を受け、昭和20(1945)年には空襲で大手門を焼失しました。
昭和23(1948)年、皇居と改称されました。
昭和24(1949)年に西の丸下及び現在の皇居を取り巻くお濠の地域が「国民公園皇居外苑」として一般に開放され、昭和44(1969)年からは北の丸地域が加えられ広く国民に親しまれています。
皇居東御苑は,旧江戸城の本丸・二の丸・三の丸の一部を宮殿の造営にあわせて皇居附属庭園として整備されたものです。
昭和38(1963)年5月30日に文化財保護法による「特別史跡」に指定されています。
平成18(2006)年には日本100名城に指定されました。
皇居東御苑
公開時間 3/1〜4/14 9:00〜16:30(入園は16:00まで)
4/15〜8/末 9:00〜17:00(入園は16:30まで)
9/1〜10/末 9:00〜16:30(入園は16:00まで)
11/1〜2/末 9:00〜16:00(入園は15:30まで)
休園日 月曜日・金曜日
(ただし,天皇誕生日以外の「国民の祝日等の休日」は公開。
なお,月曜日が休日で公開する場合は,火曜日が休園。)
12/28〜1/3
皇居一般参観
18歳以上、午前10時からと午後1時30分からの1日2回実施
ただし事前申し込み必要
参観休止日 日曜日、土曜日及び国民の祝日・休日
7月21日から8月31日までの午後
年末年始(12月28日~翌年1月4日)
行事等の実施のため支障のある日
Photo Canon EOS 30D
H18.7.20
住所: 東京都千代田区千代田1番1号
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