米山古墳・薬師堂(佐野市)
真田父子の犬伏の別れの地、米山古墳・薬師堂
2013年09月16日
米山古墳は犬伏新町の東端にある丘陵をを利用して築造したもので、採土の必要がなかったためか、周囲に濠跡がありません。
北関東最大の前方後円墳であるといわれ、前方部の幅120m、高さ14m、後円部の巾234.5m、高さ31.8m、東西の全長336.33mです。
後円部の頂上の数か所に円筒埴輪が埋蔵され、東方山腹には人物埴輪等の破片があります。人工によってもりあげられたとおもわれるところは松林になっています。頂上の石室はすでに盗掘され、主体が露出しています。
米山古墳の麓にある薬師堂は、「真田父子の犬伏の別れの地」とされています。
慶長5(1600)年(、天下分け目の関ヶ原の合戦を目前に控えた7月21日、徳川家康について会津の上杉家討伐に向かった真田昌幸、信幸(信之)、信繁(幸村)父子は、下野国犬伏(現在の佐野市)に到着しました。そこで陣を張っていた父子のもとに石田三成から密書が届き、豊臣方に味方するよう書かれていました。
この書状を受けて父子三人で話し合い、どちらが勝っても真田の家が残るよう、信之が徳川方、昌幸と信繁が豊臣方に別れて戦うことを決断したとされています。
その話し合いの場が薬師堂で会ったといわれており、すぐそばを流れていた川にあった橋は、真田父子の別れ橋としてこの地に語り継がれています。
(現地説明板などより)
平成28(2016)年の大河ドラマ「真田丸」の第35回「犬伏」の「真田丸紀行」で紹介されました。
Photo Canon EOS 5D MarkⅡ
H25.8.31
住所: 栃木県佐野市犬伏新町
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