五龍城(安芸高田市・旧甲田町)
五龍城は、宍戸氏の居城です。甲立盆地の西南端の丘陵先端部にある山城で、南北朝期以後、慶長5年(1600)の毛利氏防長移封までの約250年間、宍戸氏の居城でした。
宍戸氏は常陸国宍戸にいた宍戸朝家が、元弘3(1333)年足利尊氏と共に六波羅攻略の戦功で、翌建武元(1334)年安芸守に任ぜられ、甲立荘を領することになりました。当初菊山中腹の柳ヶ城へ入りました。その後この元木山に城を移しましたが、用水がないため、五龍王を勧請して祈願したところ、井戸が湧出したため山の名前を五龍と改め五龍城と呼ぶようになりました。
堅固な山城で、7代宍戸元源の時代に毛利元就も幾度かこの城を攻めたが落城させることができず、天文2(1533)年、8代城主隆家と毛利元就の娘との婚姻により両氏は和睦し、毛利氏の有力な重臣となりました。所領は約15万石あったそうです。9代元続は、慶長5(1600)年毛利氏の防長移封に伴い、周防三丘(約1万2千石)に移ったため、五龍城は廃城となりました。
東側の宍戸司箭神社の急な参道が登城口です。一部歩きにくいところもありますが、そんなに登城には時間がかかりませんでした。主郭部の大きな土塁と石垣が見所だと思います。
(登城口 みんカラマップ付近、城跡の地図はマップURL参照)
H10.11.2
Photo Canon PowerShot G9
H20.6.14(写真差し替え)
Photo Canon PowerShot G9
H20.6.14
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