若山城(周南市・旧新南陽市)
若山城は、文明2(1470)年、陶弘護が石見津和野城主吉見氏の侵攻に備えて築きました。
以来、陶氏累代の居城となりました。
そして、天文19(1550)年、陶晴賢が主・大内義隆攻撃を前に大修築しました。。
翌天文20(1551)年、晴賢はこの城から兵を発して義隆襲撃に成功しましたが、天文24(1555)年の厳島合戦で敗れ、晴賢は自刃しました。
翌弘治2年(1556)年10月晴賢に殺された杉重矩の子、杉重輔が攻め寄せ、若山城は落城し、晴賢の子陶長房は城を脱出しましたが、追撃の前に自刃しました。
弘治3 (1557年)年、陶長房亡き後は陶氏の遺臣が守っていた若山城は毛利氏により攻められ落城しました。
この城は、連郭式城郭と呼ばれる中世山城の 典型的な特徴を示し、自然の地形(東西に伸びる尾根や 絶壁)を利用した上に、精緻な人工(空堀、竪堀など)を 加えて要害堅固にしたもので、防御施設の遺構もよく残されていて、大内氏滅亡にまつわる戦国興亡の歴史遺産として大変貴重なものです。
昭和48(1973)年、南陽町が登山道を設置し、昭和62(1987)年には山口県の指定文化財となりました。
平成3(1991)年頃より地元有志(現・陶の道を発展させる会)が中心となり城跡・登城道の整備、イベントの開催、NHK大河ドラマの誘致運動などを行われました。
平成9(1997)年には大河ドラマ「毛利元就」で第34回「闇に舞う般若」で若山城が登場し、平成16(2004)年には、「陶の道・若山城登城のみち」が日本ウォーキング協会による「美しい日本の歩きたくなるみち五〇〇選」に認定されました。
平成19(2007)年には若山城跡顕彰碑が建立され、平成22(2010)年に築城540年記念事業として若山城五四〇年記念碑建立やイベントなどが開かれ、平成23(2011)年には陶晴賢公四九〇年碑が建立されました。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅡ
H25.12.26
住所: 山口県周南市大字福川・夜市
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