馬見岡綿向神社(日野町)
日野の産土神・馬見岡綿向神社
2014年02月19日
馬見岡綿向神社(うまみおかわたむきじんじゃ)は、天穂日命・天夷烏命・武三熊大人命の三神を祀る神社です。
天穂日命は、天照大神の第二皇子で、二柱の神はその御子です。出雲国の開拓の祖神で、国造の祖先です。命の後裔がこの地にも移住し、繁栄したためこの地に祀られています。
創建は欽明天皇6(545)年に日野町の東にある綿向山の頂上に建てられたのが始まりとされています。社殿の東側に猪の像がありますが、これは蒲生稲寸三麿と山部連羽咋に神の託宣があった際、彼らは綿向山で猟をしていたが、春にもかかわらず雪が降り出し、岩陰で休んでいると雪が止み、歩き出すと猪の大きい足跡を見つけ、これを追いかけて行くといつの間にか頂上へ出ていた。そこに神の化身である白髪の老人が現れ、ここに祠を造り、祭るようにとの託宣があったたため、猪が綿向大神の使いとされています。
その後、平安時代初期の延暦15(796)年に里宮として現在の地に社殿が建てられました。
以来、延喜式神名帳にもその名が見え、蒲生上郡の総社、日野の里の大宮とこの地に産土神と人々の信仰の中心になってきました。承元3(1209)年、大永2(1522)年、永禄6(1563)年、文禄4(1595)年の兵火及び災火に遭い、現在の本殿は宝永4(1707)年に氏子が建立したものです。
鎌倉時代から安土・桃山時代には、日野をおさめていた蒲生氏が氏神として庇護し、更に江戸時代には、出世開運の神として日野商人の崇敬を集めました。
嘉応2(1170)年の始まりとする春季例大祭は日野祭と称し、毎年、5月2日、3日、4日に行われる日野祭は3人の神稚児や3社の神輿、16基の曳山車を中心に、古式ゆかしく絢爛豪華に繰り広げられる祭礼は県下にも有名で、県の無形文化財に指定されています。
なお、綿向山山頂(標高1,110米)に祀る奥之宮(大嵩神社)は、古来より21年目毎に社殿を建て替える式年遷宮の祭事が、今も絶えることなく続けられています。
(現地説明板より)
Photo SONY NEX-7
H26.1.18
住所: 滋賀県蒲生郡日野町村井705
関連リンク
タグ
地図
関連情報